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第1ラウンドSS・豪華客船その1 「おいおい、勘弁してくれよ。マジで本名まで載せやがって」 ニャルラトポテトこと鳴神ヒカリは、その男のもとに押しかけるなりそう愚痴を漏らした。 「まあまあ、そうしないとフェアじゃないだろ? それにね、そっちの方が面白いと思うんだよ。僕は」 そう言って笑うのは、C3ステーションの総合プロデューサー鷹岡集一郎だ。 とあるオフィスビルの応接室で、彼は鳴神を出迎えた。 「他の参加者だって平等だ。C3ステーションの情報網を駆使して集めたデータをホームページに掲載しているよ。……そうそう、能力といえば」 彼はその顔に柔和な笑みを浮かべる。 「記載されたキミの能力の続き――四段階以後については本当のところどうなるんだい? 観客からは結構不満の声もあってね。もうちょっと正確な情報を載せたいところなんだけど」 鳴神は体を投げ出すように鷹岡の対面のソファーに深く腰掛け、肩をすくめた。 「さあ? 魔人能力は感覚的なもんだしなぁ。……それに、たとえ知ってたとしても教えはしねーよ」 「はは、急に押しかけておいて『対戦相手の情報を寄越せ』だなんて言っておいて自分はそれかい? それじゃあ怪盗ではなく強盗だ。相手の承諾を得ない一方的な強奪……きちんと返すだけ刈谷くんの方がマシだな」 鷹岡の言葉に彼女は片眉をあげ、彼を睨みつける。 「ふん……。わたしの能力にも制約はある。だが自分の弱点を公表するバカがいるか?」 「隠しても無駄だと思うけどねぇ……。なにせ相手は刈谷くんだから」 鷹岡は口の端を吊り上げ、言葉を続けた。 「彼は物や概念を借り入れる力を持つ。その対象はキミの魔人能力だって例外ではないよ」 「……随分と簡単に教えてくれるんだな」 「なにせキミは怪盗だからね。情報収集のためにC3ステーションを荒らされ回っても困るのさ」 鷹岡の言葉に鳴神は肩をすくめる。 「……わたしの”怪盗”は能力じゃなくてただの趣味だから、そんな大それたもんじゃないよ。最近の怪盗は銃と変装だけじゃなくて、手品や奇術、電子機器に大それた装置まで扱わなきゃいけないらしいしな。だからたとえば『世界で二番目に盗みが上手い探偵』でもいたなら、わたしはその足元にも及ばない……そんなレベルのお遊戯だと思うよ」 「探偵は怪盗の対極のようなものだろうに」 「最近はそいつらも手を組んだりするんだぜ。おたく、アニメとか見ないくち?」 彼女の軽口に、鷹岡も合わせて笑う。 「僕も目的の円滑な達成のために四方八方と手を組むのは見習いたいところだね。まあ僕がキミたちに情報提供するには、そういう側面もあるんだよ」 鷹岡は司会を行っているときのように、腕を広げる芝居がかった仕草を見せる。 「それに観客には事前に知り得る限りの情報を公開した方がウケがいいんだ。だが僕も一人でC3ステーションを運営しているわけじゃないから、情報は多くの人の手を仲介する。……遅かれ早かれ、キミの能力を使えば僕の知り得る情報なんて筒抜けになることだろう。なら隠しても意味はないだろう?」 「ふうん。情報、ね。――たしかに今回は、情報戦になりそうだ」 彼女は自身が入手した対戦相手の写真をテーブルの上に出して、その顔を眺める。 こざっぱりとした好青年がその写真には写っていた。 「……刈谷融介。もうちょっと探ってみるか。どっちにしろわたしは誰かさんに本名を公開されたせいで、住処を追われているからな。腰を落ち着けることもできやしない」 「おやおや、それは可哀想に。そんな酷いことをするやつがいるんだ?」 鷹岡の言葉に鳴神は「言ってろ」と悪態をついて立ち上がった。 その場を後にしようとする彼女の背中に、鷹岡が声をかける。 「……ああ、そうだ最後に一つ聞かせてくれないかい?」 鷹岡の言葉に鳴神は足を止めた。 「進道ソラって知ってるかい?」 鳴神は一瞬沈黙する。 鷹岡の口から出た、彼女と同じ外見をした包帯だらけの少女の姿が一瞬脳裏を過ぎった。 彼女の舌に、絶望の味が広がる。 「ああ――」 鳴神は笑って振り返った。 「――昔のアイドルだろ? 憧れてたんだ、わたし」 彼女の言葉に鷹岡は頷く。 「……なるほど、そうだったのか。通りで似ていると思ったんだよ。……まるで双子みたいだ」 「だろ~? 憧れのソラちゃんになれるように外見は頑張ったからな~」 その顔に笑みを張り付かせる鳴神に、鷹岡も元の柔和な笑みを浮かべる。 「……そうか。変なことを聞いたね」 「ああ? そうかぁ? まあ……どうでもいい話だけどなぁ」 鳴神は歩みを進めて部屋の扉を開けると、鷹岡へと振り返る。 「またな、プロデューサー……最高のショーを魅せてやるよ」 「……ああ、楽しみにしているよ」 鳴神は笑って外に出る。 彼女がその足を一歩進めたときにはもう、その顔に笑みはなかった。 § 「――はい? 僕ですか?」 声をかけられ、少女は足を止めた。 「うん、そうキミだ。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」 雑踏が風のように通り過ぎる交差点の中。 街中で少女を呼び止めた好青年は、笑みを浮かべながらその手を差し出した。 少女は一瞬驚いた後に、笑顔でその手を握る。 「……いいですよ! ちょうど今日中に10回、人に親切にしなきゃいけないところだったんです! 良かったー、これって親切に入りますよね? なんでも聞いてください!」 少女のハイテンションに、青年は苦笑しつつ口を開いた。 「それじゃあ……怪盗ニャルラトポテトについて知っていることを教えてくれ」 青年の眼が怪しく少女を見つめた。 「ニャル……?」 少女が首を傾げると同時に、青年は笑う。 「……よし。当たりだ」 「へ? へ?」 そう言って青年は握っていた彼女の手を放す。 それと同時に、彼女は何かを思いついたかのように手を打った。 「……あ。思い出した」 彼女は記憶を探るように言葉を紡ぐ。 「ニャルちゃんとは友達で……占い系のサイトで知り合って、前におまじないに必要な水晶ドクロをどこかから取り寄せてくれたことがあったんですよ。それってめちゃくちゃ貴重なやつでして。それでこの前DSSバトルに誘ったら興味を持ってくれて……」 彼女はそこまで話すと、またも首を傾げる。 「……ってあれ? なんであの子のこと、ど忘れしちゃってたんだろう……」 「ああ、大丈夫。ちょっと記憶を借りていただけだよ。もう返済してる」 「ええ?」 驚きの声をあげる彼女に、青年はにっこりと微笑む。 「俺は刈谷融介。……DSSバトルの参加者さ」 § 『さあて今宵戦うは自由自在の変幻怪盗と、その力をひた隠しにしていた元CEO! どちらも実力は折り紙付きの魔人たちだ!』 鷹岡のアナウンスに沸き立つ会場の様子が、VR空間の空中に表示されたモニタの中へと映し出される。 刈谷の姿は既にVR空間「ステージ:豪華客船」の中、甲板の上にあった。 柵の向こうに見えるのは静かな海原。 四方を水平線に囲まれた静かな船上で、彼は周囲を見渡す。 「……姿は無し、か」 戦闘の開始位置は各々が指定した位置から開始できる。 変幻怪盗という対戦相手の肩書に警戒して、彼は見通しの良い場所に陣取っていた。 しかしその目論見は果たされなかったようだ。 彼の見渡す限りにおいて、少女の姿はない。 前方の空中へと浮かぶ仮想モニタの中で、鷹岡が吠えた。 『それでは第1試合! 変幻怪盗ニャルラトポテトVS刈谷融介! レディー……ファイト!』 開始の合図とともに、刈谷は全方位へと神経を尖らせる。 すぐに後方から、一枚のカードが飛来した。 彼が振り返ると、その足元にカードは突き刺さる。 それは彼を狙った攻撃ではなかったらしい。 刈谷は目を細めると、足元の甲板に突き刺さったカードを引き抜いて書かれている文字に目を通した。 そのカードには”招待状”と大きく書かれている。 「――罠か」 カードを握りつぶし、刈谷はそう呟く。 しばしその場でうつむいた後、彼は船内へと歩みを進めた。 § 「フハハハハ! よく来たなぁ! 待ちわびたぞぉ!」 テーブルに頬杖をついて座るドレス姿の変幻怪盗ニャルラトポテトこと鳴神を見て、刈谷は目を細めた。 カジノルーム。 ルーレットやスロットマシーンが置かれる華やかな部屋の中央、舞台上に鎮座したテーブルの前に彼女は座っていた。 その奥にはNPCのディーラーが立っている。 「……いったいどんな仕掛けを用意したのやら」 刈谷はつぶやきながら周囲を見回す。 NPCや鑑賞参加者たちが大勢いて、ステージを遠巻きに見つめていた。 その数はおよそ80人ほど。 ――たとえ全員が襲いかかってきたところで、対処できない数ではないな。 刈谷はそんなことを考えながら、ステージへと近付く。 「……さて、こんなところに呼び出してどういうつもりだ?」 彼はそう言って鳴神を睨みつけた。 彼の能力『貸借天』。 その力が発揮されるのは接触したものに限る。 それを使ってバトルを盛り上げる最適解……それは相手の力を利用することだ。 周囲の物品の力を利用するのでは盛り上がりに欠ける。 所詮それは無関係の借り物の力に過ぎない。 よって彼が狙うのは劇的な”最高のカウンター”だ。 相手の全力を引き出した上で、それを借り入れて相手に返す。 それにはまず相手の誘いに乗り、相手の有利な土俵に立つ必要があった。 もしも相手が相撲取りであれば、刈谷は喜んで土俵入りしたことだろう。 彼の視線を受け流して、鳴神は微笑む。 「なに、ゲームをしようと思ったんだ」 鳴神はテーブルの上に置かれたトランプを手に取った。 「わたしの能力『TRPG』は、残念ながら戦闘に特化した能力ってわけじゃあない。あんたの能力ほど強くないし、いやひょっとしたら今回の参加者の中では最弱かもしれない」 「……謙遜は美徳じゃないぞ」 言い捨てる刈谷に、鳴神はその綺麗な顔をいやらしく歪めて笑う。 「本心だよ。だからこうして待ってたんじゃないか。お互い対等なステージを用意して、な」 刈谷はその言葉を疑いつつも、ステージに向かって歩きだす。 鳴神はくつろいだ様子のまま、彼が到着するのを待った。 「座れよ」 刈谷は一瞬ためらいつつも、鳴神の横の席へと座る。 鳴神はその様子をみて、足を組みつつ笑った。 「種目はポーカー。ルールは最低限のものだ。ベット、レイズ、コール、ドロップ。チェンジは当然1回きり」 鳴神は手遊びのようにトランプをシャッフルする。 「賭け金はそれぞれの資産から。わたしはだいたい盗んだ美術品を合わせても1億がいいとこだ。だからそれ以上のチップを上乗せするのはよしてくれよ。面白くならないから」 鳴神の言葉に刈谷は目を細めた。 「……本気でカードゲームで勝負をつけようっていうのか?」 「本気も本気。あんたの能力は預金残高がネックなんだろ? だったら平和的にそれを賭けて戦おうじゃないか。トんだ方が負け――シンプルだろ?」 刈谷はしばし逡巡し、目を閉じる。 「……オーケイ。良いだろうこんなくだらないゲームにはお似合いの勝負方法だ」 彼はそう言って手を差し出した。 「検分させてくれ。怪盗相手にトランプ勝負なんて、狐の自立AI相手にタイピング速度を競うようなもんだからな」 「おいおい、自慢じゃないがわたしはそんなすげー腕は持ってねーっての」 鳴神は彼の手に触れないようにしながら、その手に持つカードを手渡す。 刈谷はそれを確認したのち、正面に立つディーラーへと渡した。 ディーラーからチップが二人に配られる。 鳴神はそのチップを指で空中に弾いた。 「このチップは1枚100万。あんたをトばすには800枚ぐらいは取らなきゃいけない計算だ」 「そうか」 刈谷は鳴神の顔も見ずにそう答える。 「……早速始めよう」 鳴神の声を契機に、ディーラーから二人に5枚ずつのカードが配られた。 二人はそれぞれ自分の手札に目を通す。 鳴神はその手を見てうなった。 「……うーん、様子見かなぁ」 鳴神がチップを2枚投げると、刈谷は手札をテーブルの上に置く。 「レイズ……10枚上乗せだ」 無表情のままそう言った刈谷の顔を見て、鳴神は苦笑した。 「強気だなぁ……。じゃあオリだよ、降り。ドロップ。わたしの負けだ」 鳴神の言葉に、両者の手札が明かされる。 鳴神の手には6のワンペアが握られていた。 一方の刈谷の手札は、スペードの10、J、Q……。 「……おいおい、おっさん。初手から最強札とか、もうちょっと展開考えてくれよ」 鳴神の言葉を受けて、刈谷は彼女を睨みつける。 「――何度やっても無駄さ。”運”を借りた俺に、お前は絶対に勝てない」 その手札にはロイヤルストレートフラッシュの役が完成していた。 § その後5戦、ポーカーは続いた。 結果としては両者小物の役を出し合って、鳴神が1000万ほど負ける結果になっている。 「……”運”はそろそろ尽きてくれたかな?」 鳴神の言葉を無視して、刈谷は配られた手札を見つめた。 ――バカバカしい。 刈谷は頭の中で、どうやってこの戦いを華々しい展開で終わらせるかを考えていた。 そもそも、彼が「運を借りた」と言ったのはただのハッタリである。 彼の能力で運なんて希少な物を借りたら、いったいどれだけの金額がかかるか彼には予想もできない。 彼が借りたのはカードだ。 最初にカードを調べたとき、5枚のカードを借り入れた。 初手はその5枚をすり替えたに過ぎない。 その後も手札が配られる度、手元に残したカード5枚を入れ替えて役を育てていく。 都合、一度の勝負ではチェンジ5枚も合わせ、15枚の中から5枚選んで次の回へと持ち越すのを繰り返しているのと同じだ。 そんなことを数回繰り返せば、確実に勝てるような役が完成する。 「――そろそろ決着をつけようじゃないか」 刈谷は鳴神を挑発するように視線を向けた。 「まどろっこしいのは好きじゃない。俺は次に5枚交換する」 そう言って手札を置いた後、彼はチップを50枚置いた。 「さっさと終わらせよう。――俺の勝ちで」 彼の借り入れたカードには、既にフォーカードの役が揃っていた。 そんな勝ちを確信した彼に、鳴神は笑う。 「……いいだろう。わたしはこのカードのままでいく」 鳴神はさらに、残った40枚弱のチップを上乗せした。 鳴神の全財産がそこに賭けられる。 刈谷は無表情を維持したまま、同じくチップを乗せた。 ディーラーが刈谷のカードを回収し、1枚ずつ彼にカードを配り直していく。 「――わたしの能力はな」 鳴神が口を開く。 「他の女性になりきる能力だ。それは女性でさえあれば、架空の少女にだってなりきれる」 刈谷は会話に応えない。 一枚、また一枚とカードが配られる。 「とはいえそれにも制約がある。フィクションや創作でもいいが――それは実在を信じられた実績がなくてはいけない。魔人能力っていうのは、そういうものだからな」 その部屋からカードを配る音以外の騒音は消失している。 観衆も静かに、二人の様子を観察していた。 「そう、だから対象は空想の少女じゃダメなんだ。でも実在を信じられた存在であれば能力をトレースできる。悪魔の手先とされた魔女、巫術を操った巫女、妖術を操った妖怪……」 刈谷は配られた手札を手の中に入れ確認する。 そして借りていたフォーカードとなる手札5枚を返済して、瞬時に手札から5枚を借り、入れ替えた。 「わたしも実物なんてのは見たことはないけどな。……でもたとえば岐阜の山奥には、千年も前から妖怪の頭領が住んでいる――なんて噂がある。妖怪だぞ、妖怪。こんなVRなんかが発展した時代に妖怪だ。……だけどそれは実在すると信じられている」 鳴神はそう言うと、配られた手札を一枚ずつ公開していく。 「そいつの力は……”サトリ”と言われる妖怪に近い。相手の心を読むんだ。どうやら表情筋に関連するらしくて、顔を見なきゃわからない。――でも、ポーカーフェイスごときじゃあ”私”にはきかないんだ」 鳴神はクスリと笑う。 その手札にはストレートフラッシュの役が出来ていた。 「わたしの勝ちだよ。……おっさんの手札は、フォーカードなんだって?」 1億のチップを奪い取り、鳴神は笑う。 刈谷は手札を伏せたまま、彼女の顔を睨みつけた。 § 刈谷は内心動揺していた。 心が読まれていたこと。 その上でイカサマを見破られたこと。 そして1億の資産を奪われたこと。 それぞれは彼にとって些細なことだ。 しかし元々そこまで精神的に余裕があるわけではない刈谷の心が揺さぶられるのは、それで十分ではあった。 彼は思考を覗かれるような視線を受けながら考える。 ――どうすればいい。どうすれば相手を出し抜ける。 ……いや、そもそもやはりこんなまどろっこしいポーカー勝負だなんて――。 「どうしてもっていうなら、今の負けも貸しにしてやってもいいけど?」 そんな彼の思考を邪魔するように、鳴神は笑った。 「どうだ? 悪くない話だろう? いつも借り物の力を使ってるんだし、借りの一つや二つ今更恥じることでもないだろ? ハハハハ!」 ――死ね。クソが――! 頭に昇る血を押さえ込もうとしつつ、彼は思考をまとめる。 ……相手に思考を読まれたとしてもポーカーで必ず勝てなくなるわけじゃない。 相手のレイズなんかに応じなければ、結局は手札が全てだ。 それなら――。 彼は次の手を考える。 しかしその前に。 「――ねえ、ユースケ」 その女が、そこに出現した。 三白眼に荒れた肌。 彼女はその容姿に似合わない可愛らしいドレスを着て、彼へと笑いかける。 「あなたがそんなことしても、誰も喜ばないからさ。……そんなに寂しいなら――」 笹原砂羽の姿をした女は、刈谷へとその顔を近づけた。 「――私に抱かれてみる?」 刈谷の中で、押さえきれない何かが溢れた。 「あいつの口で――」 その腕に力がこもる。 「――ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ!」 瞬間、刈谷は目の前の彼女を殴り飛ばした。 彼の能力を使い、拳の前の空気を借り入れた真空圧のパンチ。 拳を打つ瞬間に返却される空気は、さらなる風圧を作りその勢いを増す。 「ぐがっ!」 高速の拳で殴り飛ばされた鳴神は空中に弾き飛ばされる。 そして同時に、その能力によって構築されていたテクスチャが剥がれていった。 「――『貸借天・即日借入』!」 刈谷は能力を発動させ、鳴神の持つ笹原砂羽のテクスチャを奪い取る。 彼は一瞬たりとも許せなかった。――別の人間が、彼女の姿で、彼女の声で、彼女を侮辱するような言葉を喋るのが。 そして奪った能力は、逆にそのテクスチャを刈谷の姿へと上書きしていく。 「――そうだ」 鳴神は拳の勢いに吹き飛ばされながら、小さく呟く。 「それでいい」 鳴神は強く壁に打ちつけられ、苦痛の声を漏らしつつその場にしゃがみ込んだ。 「――がああ!」 一方で声を上げたのは、笹原砂羽のペルソナをかぶった刈谷の方だった。 「『貸借天・一括返済』……!」 頭を抱えてうずくまりながら、刈谷はその能力を解除する。 「……畜生! クソが! なんだよ……! ふざけんな!」 テクスチャが剥がれ、刈谷の姿が元に戻っていく。 「――俺はそんなヤツじゃない! 俺はもっとクズで、最低で……お前がそんな風に思えるような男じゃないんだよ!!」 刈谷は地面を叩く。 その慟哭は、この場にいない女性へと宛てられた声だった。 鳴神がコピーした女性の思考が逆流入して、刈谷の脳内を侵犯する。 そんな無防備な状態の刈谷のもとへ、鳴神が近付いた。 「ふざけてんのは――」 彼女は刈谷の襟元を掴んで起き上がらせる。 「――てめぇの方だろうが!」 その拳は彼を殴り飛ばした。 それは細い少女の拳だ。 故に、刈谷は大したダメージを受けない。 「わたしの能力は存分に味わったはずだ……。直接お前の脳髄に叩き込んでやったんだから、もうわかってんだろうがよぉ!」 鳴神は叫ぶ。 「――お前に救われ、お前に与え、お前を愛し続けるあの女が! どんな風にてめーを想い続けてやがるのか!」 「……うるせぇ! 俺はそんなもん、求めてねぇんだよ!」 刈谷は再び拳を振るう。 その拳は空を切り、ポーカーのテーブルを叩き割った。 チップとカードが宙へと舞う。 「わからず屋が――! てめーにはきちっと返済してもらうからな! あんたがハッピーエンドになってもらわねぇと、”私”が報われねぇ!」 鳴神はそう言い放ち、ステージから飛び降りた。 着ていたドレスが宙を舞い、瞬時に彼女の姿は観衆の中へと紛れ込む。 「逃がすかよ!」 激昂した刈谷は船室の床へと手を当てて叫ぶ。 「お前に俺の何がわかるってんだ――! ……『貸借天・即日借入』!」 彼が叫ぶと同時に、その場にいたNPCたちがざわりと動いた。 彼は戦いを観察する視聴者に聞こえるよう、声を張り上げる。 「たった今! この豪華客船を”貸し切った”! この規模でも1分あたりなら相場は二百万程! はした金だ!」 VR空間の物品だろうと、彼の認識する金額で残高は減っていく。 しかしそれでも、彼の預金残高には遠く及ぶものではない。 「乗組員に次ぐ! 怪盗ニャルラトポテトと思わしきヤツは殺せ! NPCと俺以外、もしくは同じ顔のヤツは皆殺しにしろ!」 彼の言葉に従い、客室乗務員やディーラーたちはその懐から軽機関銃を取り出した。 お客様の安全を守るために彼らが常時武装しているのは当然のことである。 ――そして虐殺が始まった。 最前列の観客として視聴していた一般視聴者たちが皆殺しにされていく。 その様子を見て刈谷は笑った。 「……何が愛だ、信頼だ。そんなくだらねぇもんは、この世界ではなんの役にも立たねえんだよ……クソが!」 彼がそう言ってテーブルの残骸を蹴り飛ばした瞬間。 船を震わせるほどの轟音が響いた。 「な……!?」 刈谷は天井を見上げる。 「何が――!」 困惑する彼に、テーブルの残骸の前にいたディーラーが拳銃を突きつけた。 「――お前の負けだ」 そのテクスチャが剥がれ、ニャルラトポテトの顔が姿を現す。 刈谷が足元を見ると、机の残骸に隠されてディーラーが転がされていた。 「なんだと……?」 彼が聞き返す。 銃弾ぐらいであれば、即座に借り入れ、返却をすることができるだろう。 しかしそう考える刈谷に、彼女は笑った。 「この船を爆破したんだ。動力部と船底に数か所。この船は沈む――つまり、全損だ」 「な――!?」 船はいま、刈谷の貸借天の能力下に置かれている。 それが意味することは――。 「この規模の豪華客船の建造なら、数千億円かかる。そんな船を借用中に沈めた……違約金はいくらかなんて野暮なことは言わねぇよ。――平たく言えば、トんだんだ。お前は」 その言葉にぐらり、と刈谷の視界が揺れた。 「預金残高ゼロのお前が、もう能力を使うことはできない」 鳴神は笑う。 「選ばせてやるよ。このまま撃たれて痛い目を見るか、それとも降参するか」 刈谷は目を伏せた。 迷う様子を見せる彼に、鳴神は優しく言った。 「――あなたを撃つのは辛いの、ユースケ。お願い……降参して」 鳴神の顔で、鳴神の声で、彼女はそう伝える。 刈谷はその表情を強張らせた後、大きく息を吐いた。 「……わかった、俺の負けだ。……降参する」 そう言って彼が両手をあげると、鳴神は銃を下ろして腰元のホルスターに収めた。 『――勝者! 変幻怪盗ニャルラトポテト!』 VR空間にモニタが現れ、鷹岡の声が響く。 観衆の声に祝福され、ニャルラトポテトはその笑顔をモニタへと向けた。 § 「……ったはー。マジ勝てないと思った。おっさん強すぎだよ」 床にへたり込み、ニャルラトポテトこと鳴神ヒカリはそう呟く。 同じく床に座った刈谷は、彼女を見て自嘲するように笑った。 「……全部借り物の力さ。その借り物すらも、全て失った」 刈谷は溜息を吐く。 ……4戦もあれば預金残高が尽きるかもしれないとは思っていた。 しかしまさか一戦ですべてを使い尽くされるとは――。 そんな刈谷の様子を見て、鳴神は笑みを浮かべる。 「ああ、あれさ。嘘だよ」 「――え?」 鳴神はVR空間の中、運行を続ける船の揺れに身を任せながらケラケラと笑い声をあげた。 「わたしはあくまでも怪盗で、テロリストじゃないんだよ。爆弾なんて怖くて持ち込めやしない。……あのとき、揺れなんてなかったろ? 船底に穴が空いたっていうのにさほど揺れないなんて、そりゃおかしいじゃないか」 「じゃああれは……」 「船のスピーカーに仕掛けをしてね。爆音を流しただけ。――なに、電子機器の操作ぐらいは昨今の怪盗として履修必須科目だからさ」 鳴神は舌を出す。 「わたしは最初からずっと、あんたが怒って高価なものを借りてくれるのを待ち続けてたんだ。ポーカーもあんたの恋人に変身したのも、挑発して頭に血を昇らせるため。気に障ったなら謝るよ、ごめんね童貞野郎」 「……お前謝る気ねぇだろ、変態カマ野郎」 「勝負は時に非情なのさ」 そんな軽口を交わしつつ、刈谷は溜息をつく。 「……まんまとハメられたってことか」 「あ、こっちのストレートフラッシュも当然イカサマね。トランプも怪盗の心得だからなー」 彼女は笑って立ち上がる。 「……でもね、嘘に塗り固められたわたしだって、わたし自身は本物なんだ」 鳴神は刈谷に手を差し出す。 「……借り物の力がどーこーだなんて、あんたが思う必要なんてない。その力はきっと誰かの役に立つし、みんなのことを幸せにできる。少なくとも……わたしの中の”私”は、そう信じてる」 鳴神は彼に微笑みを向けた。 「――ねえ、ユースケ。わたしはあなたが好き」 鳴神は”彼女”の言葉をなぞる。 「……まあこれこそ借り物の言葉なんだけどな。でもそれでも、あんたがいい男だってのは彼女の記憶を通して知ってるよ。あんたはもっと、自分のことを好きになっていいんだ。自分のことを受け入れて、周りのことも受け入れていいんだ」 鳴神は口の端を吊り上げて、皮肉げに笑った。 「……わたしみたいにな」 刈谷は溜息をついて、その手を取る。 「……俺はお前のことが嫌いだよ。気色悪い」 「へへ、だと思った」 刈谷はその手に支えられて立ち上がる。 その顔には、少しだけ笑みが浮かんでいた。
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第2ラウンドSS・ショッピングモールその1 どこまでも続く深い深い暗闇。 そこには彼女自身と茉莉花の他には何も見えない。 「期待外れでしたね。貴女を信頼していた私が間違っていたのかしら」 茉莉花が今にも全てが凍り付きそうな声で、目の前のナズナに言った。 「勝てるんじゃなかったんですか?なのにあんな簡単に負けてしまって」 「違っ……」 「何が違うの?私のために戦ってくれるんでしょう?」 茉莉花の口からは、ナズナを批判する声が続く。 ナズナは何も言えずにただその場に立ち尽くしている。 「でも実際はあんな体たらく。貴女には愛想が付きました。別の方を探すことにするわ」 茉莉花はナズナにそう告げると踵を返し、歩き始める。 「待って!茉莉花。貴女に見捨てられたら……!」 「何年待ったのでしょうね。もう待てないわ」 茉莉花の姿が遠ざかっていく。 残されたのは絶望する一人の少女だけだった。 ☆桜屋敷家、ナズナの部屋 言葉にならない声をあげ、可愛川ナズナはベッドで目を覚ました。 周囲を見渡すと茉莉花に与えられた桜屋敷家のナズナの部屋だった。 自分の身体を見ればパジャマが汗でぐっしょりと濡れている。 「……夢……か」 分かっている。あれは違う。 茉莉花がナズナにあんなことをいう訳がないのだ。 あれは自分自身の言葉だ。 荒川くもりに負けたナズナを軽蔑する自分自身の。 何をしても勝つべきだと思っていたのに。 現実には負けてしまった。 後悔がナズナをさいなめる。 「どうしたんですか、ナズナ!」 先ほどのナズナの声を聴いて、何事かと駆けつけた茉莉花が部屋に飛び込んできた。 「ナズナ、大丈夫?顔色が悪いわ」 「大丈夫よ。問題ないわ」 そう言ったナズナの顔色は悪く、身体は震えている。 明らかに大丈夫なようには見えない。 「本当に大丈夫ですか。お医者様をお呼びしましょうか?」 「問題ないのよ。少し嫌な夢を見ただけ」 「どんな?」 「言いたくない」 言えるわけがない。貴女に見捨てられる夢を見たなんて。 本当の彼女は自分を信頼してくれているというのに。 「そう。でも、何か問題があったら私に言ってね」 まだナズナを心配そうな顔で見つめながら、茉莉花は退室した。 ナズナは茉莉花を見送ったあと、眠っている間にかいた汗を洗い流すためシャワーを浴びることにした。 シャワーを浴びながら先ほどの夢を思い出す。 茉莉花が彼女を見捨てたらどうなってしまうのか。 しばらく考えて、結論を出す。 大丈夫。何も変わらない。 茉莉花がどうであれ、ナズナのすべては彼女のものだから。 ☆桜屋敷家、茉莉花の部屋。 机の上に置かれたパソコンにDDSバトルの試合が上映されている。 それを見つめる二人の少女。 画面に映し出されるのはゴメスと露出卿の激しい死闘。 それを見つめる茉莉花の顔は茹蛸の様に真っ赤になり上気している。 「大丈夫?」 「いえ、あの、その殿方の、あれがその、ごにょごにょ……」 茉莉花の声がどんどんか細く消え入りそうになっていく。 仕方がない。 彼女はこのようなものに触れる機会はなかった。 放送可能なように最低限の処理は施されているが、それでもあの試合は彼女には刺激的過ぎるのだ。 なぜこいつらは裸で戦っているのだといわざるを得ない。 嫌がらせか。真っ当な価値観を持った婦女子に対する嫌がらせだな。 さてゴメスだ。 露出亜(ロシュア)出身の恐るべき魔人である。 現在は刑務所に収監されている。 ナズナはかつて露出亜(ロシュア)の魔人と戦ったことがある。 露出亜(ロシュア)の魔人が生み出した恐るべき魔剣、フルチン三刀流。 それを操る万曲蘿景は恐るべき強敵だった。 12位と13位のボーダーを争うような激しい死闘の末、ナズナは蘿景を打ち破ったが、精神的にも肉体的にも著しく消耗させられた。 特に股間のあれはもう見たくないとナズナは思ったものだ。 閑話休題。 「どうしたものかしらね」 画面で暴れるゴメスパロボの姿を見て頭を抱えるナズナと茉莉花。 端的に言って強すぎる。 ナズナの力でダメージを与えられるのか。 不可能ではないのか。 「いっそ、最初から降参でもする?私は構わないけど」 「それはしない。」 勝ち目はないかもしれない。 逃げようとは思わなかった。 また後悔すると思ったから。 「そう。じゃあ、頑張って。 VRでも貴女が死ぬところなんて見たくないですけど、貴女の選択ですものね」 ☆ショッピングモール いつものように買い物客でにぎわうショッピングモール。 親子連れやカップルが楽しんでいる。 そこへ突如現れた異物。 あれは何だ!鳥か!飛行機か!いや違う!ゴメスだ! ~《ゴメスのうた》~ 作詞:ゴメス 作曲:ゴメス 唄:ゴメス 「♪ゴメス ゴメス ゴメス」 ゴメスが歌うゴメスォングの重低音がスピーカーから流れる。 「♪露出亜(ロシュア)、のメキシコに生を受けた 天下ゴメんのストリーキング」 ゴメスマッシュが連絡通路を破壊する!ゴメスパロボの操縦するゴメスはもろちん全裸だ。 ゴメストリーキング! 「♪その名も名高き万出裸素王 放て!股間のゴメスキャノン!」 ゴメスパロボが股間のゴメスキャノンからゴメスカッドミサイルを発射する! 洋服店が破砕した。人類は衣服から解放された! 「♪ゴリラのメスは大体友達 OH ゴメス」 ゴメスタンプ!ゴメスラッシュ!ゴメスイング! 上機嫌にショッピングモールを蹂躙していくゴメスパロボ。 逃げまとうNPCや観客たち。 「へへへ~ェ!露出卿の野郎には負けちまったけどよ~。あいつも露出亜(ロシュア)の有名人様だ~!まあしょうがねえ。 で、今回の相手だけどよ~ゥ!」 ゴメスがポリポリとゴメスナックを貪り食う音が聞こえてくる。どさくさに紛れてパクったものだ。 もろちん全裸だ。ゴメストリーキング! 「桜屋敷家のエージェントだ~ァ!戦いで降参するような腑抜けがこのゴメス様に勝てるわけがないだろう、ひゃひゃひゃ」 ゴメスが本屋からかっぱらってきたと思しき雑誌を手に取る。 「ほう、インタビュー。桜屋敷家のエージェント様は人気は違いますなァ~~~! 何々~『お嬢様のために命がけで戦います』だ~~~。 言葉が軽いなァ~~~!全く響かねェ~~」 「こんな奴を雇ってるんだから、桜屋敷家のお嬢様っていうのもたいしたことねぇんだろうなァ。 まァ、いい女なのは認めてやるけどな!」 ゴメスがマシンガンの様に次々とナズナに侮蔑的な言葉を投げかけ続けていく。 それをナズナは離れた場所で隠れて聞いていた。 ただの挑発だ。怒らせて姿を現すことを期待している。 露骨すぎる挑発に乗るべきではない。 それはわかっているが、やはり茉莉花への侮蔑は許せない。 それでも我慢して、隠れて抵抗することにした。 幸い視線誘導を連続使用することで、ゴメスはこちらは気づくことはない。 (でてこねぇか。まぁ、露出卿もそうだったからな、バカじゃねぇよな) 「面倒臭ぇ!瓦礫に埋もれて死んじまいなァ~~!ひゃはああああ~!」 ゴメスが股間のゴメスキャノンからゴメスカッドミサイルを発射!発射する!さらに発射する! 先ほどまで喧騒に賑わっていたショッピングモールが瓦礫と化していく。 落下してくる瓦礫を避けつつナズナが逃走を続ける。 それも逃げ切れない。 ミサイルの爆風が、瓦礫が、彼女を傷つけていく。 いつしかナズナは上空から落下した瓦礫に足を挟まれて動けなくなっていた。 「見つけたぜ、可愛川ナズナ。手こずらせやがってよォ~~~!! まあ、よくねばったと思うぜ。 これで終わりだけどな」 ゴメスはジョイコントローラーを操作し、ゴメスタンプを繰り出す。 ゴメスパロボの巨大な足。それがその試合でナズナが最後に見た光景だった。 GK注:このSSの執筆者のキャラクター「可愛川ナズナ」
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第3ラウンドSS・異世界その1 【前回までの取組】 (ナレーション) オスモウドライバーとして日々悪を討つ女子高生、野々美つくね。 ある時彼女の元へ謎の差出人からDSSバトルへの招待状、VRカードが届く。 国暗協の罠を疑いながらもこれに参加したつくねは、一回戦の相手「稲葉白兎」、そして二回戦の相手である「ミルカ・シュガーポット」を降す。 一方そのころ、スパンカーとして日々スパンキングを打つ男子高校生、尻手翔。 彼は尻馴染のヒップスが残した「スパンキングをギネスに……」という言葉と熱い想いを尻に秘め、ギネスに載る方法を得るためこのDSSバトルに参加していた。 一回戦「狭岐橋 憂」、二回戦「露出卿」と、対戦相手と己の尻を通わせ、勝ち抜いていく翔。 次なる対戦相手はこの両名。 果たしてつくねは、翔は、自らの相撲とスパンキングを貫くことができるのか!? * * 【11/11 20:00 控室】 DSSバトル参加者控室。 試合開始まで、後1時間と言ったところ。 野々美つくねは、親方弦一郎、当真ちはやと共に、今回の対戦相手……“スパンキング”翔の前回戦いの動画を見ていた。 そこに映っていたのは、秒単位の高速戦闘を繰り広げる、全裸の男女の姿。 ちはやは両手で目を塞いでいたが(なお、指の間は不自然に開いている)、つくねと親方は食い入るようにその戦いを見ていた。 僅か10秒以下で終了したその動画が終わった瞬間、つくねはぷはぁーと息を吐いた。 「すっごい……! なにこれ、信じられない!」 「うむ……。私も、この動画を見た時は驚いたよ」 喜色満面の笑みを浮かべるつくねに、親方は苦笑いを送る。 「彼の名前は、“スパンキング”翔。露出卿を降した今、恐らく単純な戦闘能力では今大会参加者でもトップだろう。君の次の相手だ」 「そうですね。うわー……、こんな人と、もうすぐ戦えるんだ!」 親方としては、彼女の父親から預かった大事な子だが、当の本人は強敵との戦いを何よりも楽しんでいる。 全く持って、気苦労が絶えない子だ。それ故に、成長の喜びもあるのだが。 「彼は、どうやら臀部への攻撃を戦闘能力に変換する魔人らしい。近距離戦は、虎の子と言ったところだろう」 「そうだね……。すごく大きいし、強いんだろうね……」 動画を見ていなかったはずのちはやが、なぜか顔を真っ赤にしながら、普通に会話に参加している。 つくねは若干の違和感を覚えたが、まあ気にしないことにした。 「でも、だからこそ、あたし、真っ向からその人と勝負してみたい!」 親方は、やれやれと言った風に頭を振った後、表情を険しくして、つくねの目を見た。 「野々美君。以前言った通り、エンシェント・リキシチップは、横綱としての心技体を極めたものに顕現するという。今なおエンシェント・リキシチップが君の下に現れないということは、君にはまだ横綱として足りないものがあるということだ」 「はい! あたしはまだ、オスモウドライバーの真の力を発揮できていない、ですよね」 「その通りだ。以前言った通り、DSSバトルは実践稽古にはもってこいの場所だ。強者たちとの戦いを通じて、真の横綱になれるよう成長してほしい……と言うのが建前でね」 親方は、つくねの肩をポンと叩き、慈しむような笑顔をみせた。 「楽しんできなさい。“スパンキング”翔は、きっと君の全力を受け止めてくれる」 「……っっ! はいっ!」 ビシッと、親指を突き上げるつくね。この天真爛漫な少女が、戦いを楽しむさまを見ていたい。親方は、確かにそう思っていた。 「さて、それでは私たちはそろそろ移動するよ」 親方とちはやは、前回戦闘において、対戦相手のセコンドに急襲された。 幸い軽傷で済んだが、国暗協も暗躍している今、今後も襲われないという保証はない。そこで、C3ステーションに事情を話し、ガードマン付きの厳重な部屋を用意してもらったのだ。 「向こうにもモニターはあるらしいから、応援してるよ。頑張ってね、つくね」 「うん。親方さんも、ちーちゃんもありがとう。私なら大丈夫!」 つくねは、ピースサインをビシッと決めて、ニカッと笑った。 「誰が相手だろうと、自分の相撲を取るだけだから!」 その言葉には、確かに横綱の風格が匂いたっていた。 * * 【11/11 20:50 公園】 翔は、ざあざあと降る雨の音を聞きながら、暗闇にいた。 公園に設置された、土管のような遊具。雨を避けるために入ったが、なかなかやまない。 そうこうしているうちに、もうすぐDSSバトルの時間になってしまったので、やむを得ずこのままVR空間に入るため、寝転がって目を閉じている。 思い浮かぶのは、前二戦で闘った、熱き強敵たち。 (二人とも、強かった) 狭岐橋憂は、友のため、己のみを捨ててでも勝利を拾おうとした。 露出卿は、露出亜の代表として、祖国の威信を背負って戦い抜いた。 どちらも、紙一重の勝負だった。背負う者の重圧を、そのプレッシャーから感じ取れた。 (俺には、何ができるんだろうな) スパンキングは、滅びゆく存在だ。 如何に自分が戦おうとも、スパンキングの凋落は変わらないだろう。例えギネスに名を残し、“スパンキング”という言葉が後世に伝えられたとしても、それだけだ。 スパンキングは、消滅する。 (ヒップス……。本当に俺は、これでいいのか) 考えはまとまらず、霧散する。もともと、尻に脳があるような男だ。考え事には向いていない。 今はただ、自分にできることをやるしかない。 ギネスに名を残す。 DSSバトルで優勝して、姉ちゃんの友達を助ける。 尻の届く範囲の人を、助ける。 そして……。 「よっし、行くか」 まずは、戦いを楽しもう。 より強いスパンカーを。より高みのスパンキングを。 “スパンキング”翔は、決してブレない。 * * 【11/11 21:00 異世界】 鬱蒼と茂るジャングル。 天まで昇らんとする山々。 鏡のように透き通る湖。 そして、空にはドラゴンが乱れ飛ぶ。 絵にかいたような異世界。ここが、二人の戦いの場所だった。 ドッゴオオオオオオンンン! すさまじい爆音とともに、山の中腹が爆発する。 中から飛び出してきたのは、既に《MODE:UNRYU》《CHIYONOFUJI》へと変身した、野々美つくね。 千代の富士。そのぶちかましは天を砕き、闇を切り裂くという。今のつくねに、巨岩など発泡スチロールよりも容易に砕くことができるだろう。 そして、そのぶちかましを真っ向から尻で受けとめる、身長2メートルを超える偉丈夫。 “スパンキング”翔は、試合前の思惑など影もない、太陽のような笑顔で笑った。 「はっ! お嬢ちゃんのそれ、面白えな!」 さっきまで団子の髪型の、小柄で、相撲とは縁のなさそうな体格だった少女。それが今は、翔と視線が寸分たがわず、横幅も随分成長している。 ただ、意志の強そうな瞳だけが、つくねの面影を残しているのはわかった。 尻で受け止めようとした結果、弾き飛ばされる。これは、翔にとって初めての経験だった。 それだけ、つくねの……いや、千代の富士関のぶちかましは、圧倒的な威力を誇るということだろう。 「そっちこそ、さすがですね!」 そして、ぶちかましを正面から受け止められるというのも、つくねにとっては未経験の出来事だった。 横綱の、それも千代の富士のぶちかましなど、相撲取りでなければ全身の骨と言う骨が粉砕するだろう。 それを、一歩も引かずに尻で受けきった。これは、考えられないことである。 未体験の領域。まだ見ぬ強者との戦い。 両者、相手にとって不足無し。 ((これだから、戦うことはやめられない)) 二人の気持ちは、一つになった。 「さあて、ここまでが軽い尻慣らしってところか。本当のスパンキングを見せてやるぜ」 「私も……私の全力の相撲を、ぶつけさせてください!」 両者、再び立ち合いの構え。翔は尻を突き出す戦闘態勢。つくねは、四股から片手を地面につき、今にも飛び出しそうだ。 もはや、待ったなし。 つくねの両手が、地面から離れる。咆哮を抑え、翔の尻に真っ直ぐ突っ込んでいった。 その時。 ブツン。 耳障りなノイズ音と共に、つくねのシルエットがブレた。 つくねの体が一瞬だけ大きく間延びし、空間に吸い込まれるように消えていく。 そして、その場に残ったのは、翔だけとなった。 「な、なんだってんだ……」 異世界に広がる紫色の空に、大きな白い文字が現れた。 【野々美 つくね Log Out】 「……ろごーと?」 翔は、尻に脳があるような人間だ。英語力など、もっての外である。 『緊急エラー! 野々美つくねのVR空間自主ログアウトを確認しました。対戦者は、大会主催の指示を待ってください。繰り返します……』 鳴り響く警告音と、機械的な女性の声。翔は、尻脳人間であるが、日本語はさすがにわかる。 だが、その意味するところは、何一つ想像がつかなかった。 「んあ。えーっと……それはつまり」 こうして、今大会最大の力対力の勝負は、決着した。 * * ―――戦闘終了――― “スパンキング”翔 対 野々美つくね 決着時間:3分4秒(野々美つくねのログアウトによる戦闘続行不可能) 勝者:“スパンキング”翔 * * 【11/11 21:05 C3ステーションサーバー室】 『緊急エラー! 野々美つくねのVR空間自主ログアウトを確認しました。対戦者は、大会主催の指示を待ってください。繰り返します……』 「……は?」 鷹岡修一郎は、両腕に抱えたC3ステーションロゴ入りDSSバトル鑑賞セット(ホットドッグと炭酸飲料)を地面に落とし、空いた手で己の頭を抱え込んだ。 「は、はいいいいい!? まてまてまて、自主ログアウトってなんだよ!」 「自主ログアウトと言う事は、リタイアと言うことでしょうか」 進藤美樹が、恐る恐る言葉を発する。 「いやいや、そんなこと良いから! と、とにかくCM! CM流しとけ!」 鷹岡も美樹も、携帯電話を手に取り、各方面に連絡を取る。どれだけ忙しくなるのか、見当もつかない。 こんなことは、DSSバトル始まって以来最大の放送事故である。 特に、露出卿を真っ向勝負で下した“スパンキング”翔と、伝説の怪物リバイアサンを相撲で倒した野々美つくねは、どちらも今大会の大本命だ。 スポンサーもこぞってCMを打っていたし、予想視聴率も40%は下らなかった。 それが、ログアウトによる不戦勝。 「はあああ。なんだって毎度毎度“スパンキング”翔が絡む試合は、ろくな事がないんだろうねええええ!!」 鷹岡は、そのやり場のない怒りをぶつけるように、異世界に一人立つ翔を映した液晶に、たまたまポケットに入っていたチリ紙を全力で投げつけた。 携帯電話機を投げつけたい気持ちだったが、それをこらえた俺を誰か褒めてほしいと思った。 * * 【11/11 21:06 控室】 VR空間で見た最後の光景は、『Log Out』と言う赤い文字と、目を丸くした翔の姿だった。 そのまま真っ白な世界が一面に広がって、『Log Out』の文字が背景に溶ける。あまりの眩しさに眉をひそめたつくねは、瞼を強く閉じた。 「うっ……」 体に、重さが戻る。目の前には、いつもの控室の丸い蛍光灯。 VR空間から、目覚めたのだ。 「な、なんで……?」 ベッドから体を起こし、改めて辺りを見回す。いつもの、選手控室だ。少し広めのこの個室に、今はつくね以外誰もいない。 勝負はこれからだったはずだ。機械の不具合だろうか。 そうつくねが考えた時。 「フヒヒィ。お目覚めドス? つくねすぁん」 耳に不快な甲高い声が、控室の入口から届いた。 つくねが目を向けると、そこにいたのは、ひょろりと細長くいかにも神経質な男と、全身に筋肉の鎧をまとった巨漢だった。 神経質な男は、右手に拳銃を構え、下卑た笑いを浮かべている。 「あ、あなたたちは……」 細長いな男が、拳銃を向けたまま、恭しく頭を下げた。巨漢は、頭のヘルメットにつけたペットボトルから、なにやらちゅうちゅうと液体を吸い続けている。 「私は、国暗協が誇る一切合切8人衆が一人、四股名を火縄と申しドス。得意技は見てのとおり、鉄砲」 「そ、それ、本物の鉄砲じゃあ……」 「そうなんドスよ、つくねすぁん! 知性派の私は、気が付いたドス。相撲は、銃を使った方が強い! これこそが真の鉄砲と言えるドシょう」 なんという問題のすり替え。いくら鉄砲だからと言って、本当に鉄砲を持ち出す奴があるか。 つくねは、一瞬身振りした。これが、国暗協のやり方。想像以上に暗黒で、想像以上に相撲ではない。 隣に立つ巨漢が、突然小刻みに震えはじめた。 「オ、オデ、四股名、ヤヤヤ、ヤベン、コイ」 「おい、ちゃんと名を名乗るドス! 最低限の礼儀ドスよ? ……失礼、つくねすぁん。こいつは、ちょーっとばかしちゃんこジャンキーなんドスねぇ。四股名は、野猿というんドスよ」 「そうなんだ……。君たちが、あたしを起こしたんだね!」 つくねは、怒っていた。 “スパンキング”翔は強かった。この戦いは、自分の格闘人生でも、得難い経験になったに違いない。 それを、こいつらは邪魔をしたのだ。 「……この落とし前は、高くつくよ!」 怒りに満ちた空気を大きく吸い込み、吐き出す。そして腰に巻いたベルト――オスモウドライバーの、バックルに相当する部分に指を当てる。 それを、ぐいと押し込ん……。 「おっと、短気は損気ドスよぉ?」 野猿は、羽織っていたオーバーサイズの羽織を、バッと開いた。 その羽織の中を見たつくねは。目を丸くし、悲痛な声を上げた。 「お、親方さん! ちーちゃん!」 野猿の両脇には、全身をハムのように縛られ吊るされている、親方源一郎と当真ちはやの姿があった。 二人は意識を失っているようで、目を閉じて身動きしない。 もしやその命も……つくねは、その恐ろしい考えを払うように、頭を振った。 「ふ、二人は安全なところにいたはず……!」 「フフヒヒヒヘェ! C3ステーションの護衛如きが、この一切合切8人衆が一人、火縄様を止められるわけがないドショウ!」 「オ、オデガ、ゼンイン、タオシタ、コイ」 「黙るドス!」 ゲシゲシと、野猿の足元を蹴り飛ばす火縄。しかし、野猿は痛そうなそぶりも見せず、ぼんやりと突っ立っていた。 火縄は、ぺろりと舌なめずりをした。 「さて、それではオスモウドライバーを渡してもらうドスよ。そうでなければ、あなたのお仲間は今すぐにぶっ殺して差し上げドスよぉ」 「ま、待って!」 殺すという言葉に、前回の戦いの“あの瞬間”の不安がよみがえる。つくねは反射的に、オスモウドライバーを火縄に投げ渡した。 「おお! これがオスモウドライバードスね! ひぃっひぃっひぃ! これで、私たちも横綱ドスねぇ!」 「さあ、もういいだろ! 二人をはなせ!」 「ヒィ? なんですかぁ? その口の利き方はぁ!」 つくねは、己の思慮のなさを嘆いた。オスモウドライバーのない自分は、ただの総合格闘家だ。奴らの“鉄砲”に狙われている以上、身動きは取れない。 そして今、生殺与奪の権利は、奴らに奪われている。 一度ならず二度までも、仲間を危険にさらしてしまった。そしてどちらも、自分は何もできていない。 無力さに歯噛みする。だが、つくねは思考を止めない。 (どうする。どうする) つくねは、決して諦めない。 だが、その体は動かなかった。 * * 【11/11 21:10 市街】 夜の街を駆ける、一筋の流星があった。 ビルの屋上から屋上へ、飛び移りながら進む影。 「この先にいるのですね」 夜風の鳴らす風鈴の音を思わせる、涼やかな声。 腰まである黒髪を風に乱しながら、くりくりとした瞳を暗く輝かせる。 「会いたかった……。野々美つくね」 その手には、黒い包帯の如き、厚い布がたなびいている。 黒の、オスモウドライバー。 「――変身」 少女が腰にオスモウドライバーを巻くと、中心のエンブレムから布が股下をくぐり……「んっ……」一つのまわしとなる。 暗黒の粒子が少女の体を包み、その闇が風と共に取り払われたとき。 そこにいたのは、一人の力士だった。 《CLASS OZEKI》《WAKASHIMAZU》 《わかあぁあ~~しぃまぁずぅぅうう~~》 「土俵際で、がぶりよりのダンスを踊ろうか!」 大関昇進後、圧倒的な勝率を誇った若島津関。 南海の黒豹と言われ、速さに長けた彼の形を模った少女、御武(みたけ)かなたは飛んだ。 そして、特大の四股と共に、C3ステーション選手控室の天井を踏み抜いた。 * * 【11/11 21:11 控室】 突然の轟音と共に、天井をぶち抜いて飛び込んできた力士の姿に、火縄と野猿は驚きの声を上げた。 「あ、あんたは、若島津関ドス!? 水泳やマラソンも得意とし、大関昇進後の勝率では横綱にすら匹敵すると言われた……! し、しかもその腰に巻くものは……!」 黒の、オスモウドライバー。 つくねは、何が起こったのかわからず、声すら出ていない。 かなたは、唇を噛みしめるつくねと、国暗協の二人を見回して、首を傾げた。 「何を……しているんですの?」 「て、てめえ、動くんじゃないドス! こっちには、人質が……」 瞬間、若島津の張り手が野猿を襲った。たまらず後ろに下がる野猿に、若島津は左四つで組む。 その姿を見たつくねが、たまらず叫んだ。 「や、やめて! その人の羽織の中には、人質が……!」 「それが、どうしたの?」 冷ややかな声に、つくねは芯の底が冷えたような気がした。 そのままかなたは、若島津関が得意とした上手投げで野猿を投げ飛ばす。野猿の体はゴロゴロと転がり、控室の壁に激突した。 「親方さん! ちーちゃん!」 「おい、動くんじゃねえドス!」 たまらず駆け寄ろうとするつくねに向かって、火縄は拳銃を撃った。これこそ真の鉄砲! 横綱の張り手にも勝るとも劣らない威力! だが、その暗黒相撲技が、つくねの体に風穴を開けることはなかった。 若島津関が、その強大なる筋組織で銃弾を止めていたのだ。 「この程度が、鉄砲? よろしい。では、見稽古いたしましょう。真の鉄砲とは……」 かなたは、一息に火縄の懐に飛び込む。 「こういうのを言うんです!」 突っ張り! 相撲取りにとっては標準装備。基本中の基本と言って差し支えない技だが、それを往年の名大関が使うならば、その強さは計り知れない。 火縄の軽い体が軽々と吹っ飛び、野猿の横にどさりと耐えれた。 (今だ!) 状況はわからない。だが、今はつくねに降って沸いた千載一遇のチャンスだ。 二人を解放すべく、野猿の下に向かおうとする。 「あら、ダメですよ」 しかし、それを押し止めたのは、かなただった。つくねの進行を防ぎ、怪我をさせないようにしたのか、コロンと転がすように地面に倒す。 「な、なにするんだ!」 つくねは素早く起き上がる。だが、時すでに遅し。野猿は立ち上がり、羽織を開いて親方の頭を鷲掴みにしていた。 「ウウウーム……。ムグググ……。ユ、ユルサナイ、コイ。コイツラ、コロス、コイ!」 先ほどの上手投げの影響だろうか。親方とちはやは頭から血を流し、苦悶の表情をしている。 その頭を潰さんとばかりに、野猿は頭を掴む手の力を、徐々に込めていく。 「や、やめろぉ!」 つくねが思わず叫び、またもや駆けだそうとする。だが、やはりかなたによって阻まれた。 「やめろ! なんで邪魔をするんだ! キミは、一体何なんだ!」 「別に、いいじゃありませんか」 鈴のような声が、控室に響いた。 「あなたは、前回も彼らを守れなかった。守れないなら、守る必要はないんです」 野猿のアイアンクローで、親方の唇が震える姿が。倒れていた火縄が立ち上がり、拳銃をちはやに突き付ける姿が。 まるで、スローモーションのように、つくねの視界に入りこむ。 「あなたは、何もかも得ようとしすぎた。友人を、師を、そして相撲を。でも、相撲の神様は残酷ですよ。人生の全てを相撲に賭けなければ、微笑んではくれません。その結果がこれです。彼らは、あなたにとってただの弱みです。その程度で相撲を極めようとは、笑止です。 彼らもまた、あなたと出会って人生を狂わせました。相撲は、人を狂わせます。ならば、お互いの為にここで切り捨てなさい。 そして、私のように」 かなたは、若島津関の姿のまま、暗い愉悦に満ちた、淫靡な笑みを浮かべた。 「相撲に、全てを捧げなさい」 つくねは、何も言い返せなかった。 目の前で、親方が握りつぶされようとしている。ちはやが、撃たれようとしている。 あたしのせいで。 あたしと、出会ったせいで。 (あたしが、弱いせいで) 「ああああ!」 つくねは、走り出した。かなたの手を振り切り、オスモウドライバーもつけぬまま、ただ走った。 あたしのせいがなんだ。あたしが弱いがどうした。 だったら、あたしが二人を助けないといけないんだ! 「その手を、はなせえええええ!」 火縄の拳銃が、つくねにゆっくりと向いた。 かなたは、失望したような目をつくねに向け、一つため息をついた。 その時だった。 「よく走った。お嬢ちゃん」 低くたくましい、声が聞こえた。 親方と、ちはやの姿が消えた。野猿の驚く顔が見える。 遅れて、拳銃が撃たれる音。つくねの眼前に迫ってくるそれは、つくねに当たることはなかった。 つくねの目の前には、巨大なる尻があった。 「間に合ってよかったぜ」 “スパンキング”翔が、そこにいた。 * * 【11/11 21:06 公園】 (C3ステーションの控室は、確かここから2キロ先くらいだったか) 翔は、VRから解放されると同時に、雨の中を走りだしていた。 対戦相手の、突然のログアウト。何か、異常事態であることは間違いなかった。 杞憂ならばそれでいい。だが、もしも危機が迫っていたとしたら。 確信はなかった。しかし、何もしない自分を、翔は許せなかった。 ただそれだけの為に、翔は走った。 * * 【11/11 21:17 控室】 「さて、状況は全然わかんねえけど、だれが悪者かってのは、はっきりしてるみてえだな」 翔は、両手に抱えた親方とちはやを優しく下ろす。床は寝づらいだろうが、今は我慢してもらうしかない。 「俺の貴重なスパンキング相手をこんな目に合わせてくれて、覚悟はできてんだろうな」 「ヒ、ヒィヒィヒィ! だが、オスモウドライバーは、すでに私の手の中にあるんドスよ!」 「はぁ? おすもうどらいばーって、何言ってんだお前。わけわかんねーんだけど」 「どうして」 つくねは、翔に語り掛けた。 「どうして、来てくれたんですか」 翔は、不思議そうな顔をした後に、「んー」と息を吐き、ニッと笑った。 「俺の尻の届く範囲だったから」 そして翔は、ずびしとかなたを指さした。 「あんた、少し話は聞こえてたけど、相撲の為に友達捨てるとか、そんなの良いワケがねえだろ。周りの人を守れないで、何が強さだ。全部守ってこその、強さだろうが」 つくねの心中の曇りが、晴れたような気がした。 (そうだ。捨てるんじゃないんだ) 気が付けば、オスモウドライバーはつくねの腰に戻っていた。 呼んだわけではない。オスモウドライバーが、つくねを求めたのだ。 (全部、私が守るんだ) 相撲はもともと、日本を守護する結界であったと言われる。 横綱とは、綱を張って結界を張る者なのだ。 翔の、尻に映るものすべてを守りたいという、強い心。 それを眼前にしたつくねは、横綱にとって最も大切な心を手に入れた。 すなわち、守る心。 「この土俵は、私の土俵だ」 つくねのドライバーが光り輝き、つくねへと吸い寄せられていく。 そして腰に装着されたベルトのエンブレム下から新たなる白布が生じ……「んッ……」つくねの股下をくぐる。 そして、中心のエンブレムから、空中に顕現する四角い板。 それは、オスモウドライバーに隠された、古のチップ。 すなわち、エンシェント・リキシチップ。 誰かを守りたいという強い心に反応したそれは、導かれるようにつくねの掌に収まった。 四股を踏み、両手を天に向けるその姿。 まさしく、塵手水であった。 「私の綱は、誰にも斬れはしない!」 つくねは、まるで試合前に我に気合を入れんとする力士が腹を叩くが如く、勢いよくエンシェント・リキシチップをオスモウドライバーに差し込んだ。 つくねの腰に回った白布から、新たにスカートの如き布が現れた。豪華な刺繍と、馬簾が付いた、大きな前垂れ……化粧回し。 そこには確かに、こう書かれていた。 ――『雷電』と! 「――変身!」 トトン!トトトントトン!トトン!トントン!トトン!トントトン! NHK相撲中継のオープニングでお馴染みの寄せ太鼓の音が、どこからともなく響いてくる。 それと共に、空に雷鳴がとどろき、室内だというのに稲光が如き熱く眩い光に満ちた。 白く輝く粒子がつくねを取り囲み、彼女の肉体と結合していった。 《MODE:KOKON-JUKKETSU》《RAIDEN》 《らいぃぃ~~でぇんん~~~》 「お前の星を数えろ」 白き閃光が止んだ時、そこには、伝説が顕現していた。 崩壊した校舎の中に、平成の大横綱が降臨していた。 197センチ169キロの圧倒的巨躯。生涯戦歴は、254勝にも及ぶ、相撲界祭壇のレジェンド。 雷電爲右エ門が、そこにはいた。 「ひ、ひぃぃぃ! らいで~~ん!」 火縄が、情けない声を上げながら、拳銃を連射する。野猿は、もはやガタガタと震えて身動きも取れない。 銃弾の雨の中、雷電は静かに立ち尽くしていた。 《PUT YOUR HANDS》 オスモウドライバーから投射された光が土俵を形作る。雷電が土俵に入り手を付いた。 「ヒイイ! やめてぇ~!」 土俵の中には、火縄と野猿。1対2など、もはや相撲ではない。 だが、雷電にとっては、もはやそんなこと関係なかった。 《READY》 《HAKKI-YOI》 雷電が、突っ張った。 ただそれだけで、世界は輝きに満ちた。 * * 【11/11 21:34 控室跡地】 「お、目が覚めたか」 翔の陽気な声で、目が覚めた。目をやると、雨の中ふんどし一丁で尻ストレッチをしている翔のにこやかな笑顔が目に入った。 そこは慣れ親しんだ控室ではなかった。 控室だった場所は、ぼろぼろに崩れた廃墟となっていた。何より、つくねが突っ張ったであろう方向には、向こう三軒程の家屋に穴が開いたかのような痕があった。 「すっげえなあ。伝説の大横綱。こりゃ、俺のケツでも受け止められるかわかんねえや」 「あの、二人は……」 「ああ、無事だぜ。そこで寝てるよ」 崩れた建物から引きずり出したのだろう、瓦礫の上に不自然に置かれたベッドの上には、親方とちはやが眠っていた。その体には、翔が着ていたTシャツとジーパンがかけられている。なるほど、だからふんどし一丁だったのか。 「傷はあったけど、俺の尻で塞いどいたから、二、三日もすれば元気になるだろ」 「ありがとう、ございま……っ!」 体を起こそうとすると、体に激痛が走り、また倒れ伏してしまう。 「無理すんな。あんだけ派手に力を使ったんだ。反動もすげえだろ」 「あ、ごめんなさい。試合、こんなになっちゃって……」 「ハッハッハ! 気にすんなよ、そんなこと。生きてりゃあ、またスパンキングすることもあらあな」 翔は、ふんどし一丁でつくねに近づき、「よく頑張ったな」と頭をポンポンと撫でた。つくねは、なんだかくすぐったいような気持ちになる。 お父さんがいたら、きっとこんな感じだったのかもしれない。 「じゃ、俺はそろそろ行くわ。C3ステーションには連絡しといたから、もうすぐ治療班が来ると思うぜ」 「あ、あの!」 つくねは、去ろうとする翔の尻を呼び止めた。 「あたしも、守ります」 翔が、尻を細めた。つくねは、痛みに耐えながらも体を起こし、真っ直ぐに尻を見つめる。 「全ての土俵際なんて、贅沢なことは言いません。でも、せめてこの四股の届く範囲の人、みんなを守りたい!」 翔の心に、試合前のことが思い浮かぶ。 (なにが、スパンキングは滅んでいく、だ) スパンキングの精神は、継承されていく。 翔自身の、行動を通して。 (俺が、俺である事。それが、スパンキングか) 翔は、にこやかな笑顔で、サムズアップをした。 「ああ、それいいな! すっげー、いいと思うぜ!」 何故だか、翔の尻に光るものがあった。 それがなぜ出たのかは、誰にも分らない。 「次合うときは、良い一番(スパンキング)を」 つくねが叫んだ。 「ああ、良いスパンキング(一番)を!」 翔は、背後から聞こえる声に、力強く尻を振った。 * * 【11/11 21:40 市街】 「認めない……。あんな、相撲に全てを賭けない横綱なんて……」 オスモウ変身を解いたかなたは、雨の雑踏の中を、傘もささずに歩いていた。 心中は、反省でいっぱいだ。 「……私、変なこと言ってなかったかな」 いや、言っている。間違いなく言っている。かなたは、あまりの恥ずかしさにその場でへたり込んだ。 (オスモウドライバーを持つ女の子同士、仲良くなりたかっただけなのに、どうしてこんなことに……!) 御武かなた、18歳。 相撲を語れる友達が欲しいのに、生来の内気の所為で、ついつい攻撃的な物言いになってしまう、こじらせ女子。 「次はちゃんと相撲のお話、できるかなあ……。野々美つくね……」 いわゆる、スー女である。 * * 【11/12 00:30 C3ステーション社長室】 プルルルル。プルルルル。 社長室の電話は鳴りやまない。 プルルルル。プルルルル。 “スパンキング”翔対野々美つくね戦の苦情は、いつまでたってもやむことはない。 プルルルル。プルルルル。 「……スパンキングなんか」 鷹岡修一郎は、あらん限りの声を絞り出し、叫んだ。 「スパンキングなんか、大嫌いだぁーッ!」 鷹岡は、来ていたスーツのジャケットを、社長室の床にたたきつけた。 まだまだ、この男の夜は長い。
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MHP-AV1 商品説明ページ Amazon 楽天で検索 オークファン ヘッドホン 無線(ワイヤレス) / ダイナミック型 到達距離 最大30m 入力端子 光デジタル(光角形)×1、同軸デジタル×1、RCAピン×1、3.5mmステレオミニ2(フロント1/リア1) 出力端子 光デジタル(光角形)×1 デコーダー ドルビーデジタル/ ドルビープロロジックII / DTS / MPEG2 AAC 電源 専用ニッケル水素電池×2 電池充電時間 約6時間(付属充電式電池) 電池持続時間 約9時間(付属ニッケル水素電池フル充電時)
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1PP ドロー 辺境の騎士見習い トークン ペンギンガーディアン 疾走 クイックブレーダー 《総評》 後のゲーム展開が最も楽になるのは、1ドローできる『辺境の騎士見習い』である。 中盤の1/1守護が重い対面、消滅でドローができなくなる対面に対しては、ペンギンガーディアンを優先する。 2PP 連携 ビクトリーブレイダー(Ac)ブレイドライツの小隊長、1コスト×2 トークン タケツミ 守護 ベルエンジェル その他 キャットアドミラル 《総評》 相手のフォロワーと相討ちできるなら、連携2を稼げる択が有力となる。 面を埋めてしまうのが気になる場合は、2/2を出すことになる。 3PP 連携 1コスト+2コスト、兵団長(Ac) ドロー ゴールデンウォーリアー 面準備 月光の執行者・リオード 疾走 忠義の剣士・エリカ その他 オクトリス 《総評》 連携稼ぎはカード1枚で済ますなら兵団長だが、1コスト+2コストで2~3稼ぐ手筋もありうるので、連携目当てで兵団長をマリガンでキープする、というプレー方針は推奨できない。 連携を稼がない場合、先攻では5tに備えるゴールデンウォーリアー、後攻では次の進化に重ねられるリオードが有力な択である。 先攻4ターン目 その他 1+1+1+1、1+1+2、2+2、1+3など 《総評》 このデッキは先攻4ターン目の動きとして1枚で完結しているカードがないため、先攻4ターン目にはここまでで挙げたようなカードを使うことになる。 中でも最も有力なカードはゴールデンウォーリアー(銃士がない場合)、月光の執行者・リオード(銃士がある場合)である。 後攻4ターン目 連携 キャットアドミラル進化(+2)、ブレイドライツの小隊長(2) 処理(進化有り) 《3面》小隊長+タケツミ(進化4/4+対象に5点+進化3/3)《4面》タケツミ(進化4/4+対象に5点)+1+1《5面》伏せリオード+タケツミ(進化4/4+対象に5点)+1+1、または小隊長(進化3/3) 処理(進化無し) ブレイドライツの小隊長(進化3/3)、タケツミ(対象に5点) トークン ゴールデンウォーリアー進化、オクトリス進化、タケツミ進化 《総評》 リオード伏せの場合はmaxで5面処理可能だが、そうでない場合は、タケツミ進化や小隊長を絡めての3~4面が限界である。面ロック気味の展開では、のちの有利を稼ぐためにトークンカードを加える択もある。 5PP 銃士 《2面処理+回復》アラミス+アトス(4/4突進+5/6上踏み+回復)《3面処理》ボルトス進化+アラミス(6/5必殺+4/4突進+ランダム6点)《疾走》ダルタニアン(3点)+アラミス、ボルトス、アトス 処理(進化消費無し) 連携10のタケツミ進化+3PP、連携8のオクトリス進化+2PPなど 連携 キャットアドミラル進化(+2)+3PP 疾走 エリカ+シークレットスキル+2PP(エリカ進化、またはアドミラル進化で8点) 《総評》 最も強い面形成はアラミス+アトスだが、相手が空盤面の場合はダルタニアンを出すことで、アラミスorボルトスで5点顔にダメージを詰めておきたい。 5/6守護or5/5疾走どちらのリターンが大きいかという比較になる。 また、8銃士を狙う対面に対しては、タケツミ進化又はオクトリス進化でEPと銃士を節約する。 銃士の処理は3面が限界なので、銃士をうまく使えない場合、キャットアドミラル進化で連携を稼ぐ、タケツミ進化で0コスト除去を加えつつ、3PPでリオード伏せなどを行う、エリカで雑に顔を殴り2枚目を期待する、などの筋で逆転を狙う形になる。 6PP 面形成 連携10で兵団長直接召喚 銃士 銃士+1コスト(4/4守護または2/2疾走) 処理(進化消費無し) 連携10の兵団長、連携10のタケツミ進化+3PP、連携8のオクトリス進化+2PPなど 連携 様々なパターンで5達成は容易 疾走 エリカ+シークレットスキル+3PP(エリカ進化、またはアドミラル進化+1で9点) 《総評》 連携10で兵団長が直接召喚される。連携10の6コストプレーにより、アミュレットも破壊できるようになる。 また、8銃士を狙う対面に対しては、タケツミ進化又はオクトリス進化でEPと銃士を節約する。 銃士の処理は3面が限界だったが、6PP以降は4面に広がる。銃士をうまく使えない場合、連携を稼ぐ、タケツミ進化で0コスト除去を加えつつ、3PPでリオード伏せなどを行う、エリカで雑に顔を殴って2枚目に期待、などのプレーを行う。 7PP以降 面形成 7ビクトリーブレイダー、8銃士(+兵団長、0~2コスト大見得、伏せリオード、シールドガーディアン) 疾走 リオード伏せで打点が6伸びるアドミラル1枚でエリカの打点が3伸びる1PP突進・疾走系が面あたりすることでエリカの打点が1伸びる連携15エリカ進化+シークレットスキル+戦技(9点)連携15エリカ2枚+エリカ進化+シークレットスキル2枚+戦技面あたり(16点+1PP2枚でOTK)(騎士王の威光あり)ペンギンガーディアンで1PP3点(エリカ込みの場合もっと) 《総評》 最も強い面形成はビクトリーブレイダー、8銃士であり、シールドガーディアンやリオード、0コスト大見得を絡めると更に強固な盤面になる。 5~6ターン目の攻防に余裕がある場合や、反対に相手の盤面を全処理しきれない場合は、余ったPPでこれらのカードを伏せておきたい。 ランダム除去がない対面相手であれば、リオード伏せは盤面形成・エリカOTKの両方の補助輪となりうる。 ページ名またはURL
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Ultimate Dominators 8th Round(攻城戦 第8ラウンド) Eng ①No detailed strategy. earn personal points. Jp ①細かい作戦はありません。個人ポイントを稼いでください。
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第4ラウンドSS・世紀末その2 【翔と、ニャルラトポテト】 それは、突然の来訪だった。 翔が仮宿(公園の土管)に氷尻(ひょうけつ)のアイスを食べながら戻ると、土管の入り口をふさぐように、少女は立っていた。 細身の体躯を、漆黒のロリータ服で包むその姿は、あまりにも公園にはアンバランスだ。 少女は、憎々し気に口を開く。 「なんつーところに住んでんだよ。“スパンキング”翔……サン」 「ハッハ。住んでみると、意外と悪くないもんだぜ。住めば都ってやつだ」 翔は高笑いを上げながら、持っているレジ袋から肉まんを一つ差し出した。少女は、黙って手を振り、それを断る。 「それで、敗けた奴に何の用だい。ポテトちゃんだっけか」 「ニャルラトポテトだ。ポテトの方取る人、あんまりいねえんだけどな」 変幻怪盗ニャルラトポテト。DSSバトルの参加者である。 もっとも、翔は人のプロフィールをほとんど見ないので、知っているのは名前と顔だけだったが。 「今までの戦いは見ていた。あんたなら、話すに値すると思ったんだ」 ニャルラトポテトは、真っ直ぐに翔の目を見た。 「力を貸してほしい。鷹岡に捉われた、一人の少女を盗むために」 翔は、頭をポリポリと掻いた。尻は掻かない。珠のような尻に、傷でもできれば一大事だ。 「どっか、茶店でも入るか。この寒いのに、女の子に立ち話をさせるのもなんだからな」 「……本当に、相手のプロフィール見てねえんだな」 ニャルラトポテト……本名、鳴神ヒカリ。 男性である。 * * 【かなたと、鷹岡】 「くっ……は!」 御岳かなたは、人気がなく静まり返った裏路地で、ゴミ捨て場に頭から突っ込んだ。額から血を流し、意識は朦朧としている。 その姿は、魁皇を形どっている。歴代最強とすら謳われる、攻守ともにバランスの取れた名大関。 それが今、なすすべもなく倒れ伏していた。 「困るんだよねえ……。僕のシナリオを崩されちゃうとさあ」 カツカツと靴音を鳴らし、にやけた笑みを浮かべる、ブラックスーツに身を包んだ男。その手には、割れたビール瓶が握られていた。 紛れもなく、C3ステーション社長である、鷹岡修一郎である。 「野々美つくねを勝手にパワーアップさせてくれたのは、実にありがたかったよ。ノーパンで恥じらう姿も、反響が良かったしね。 でもね、国暗協を潰そうってのはやりすぎだ。彼らは、このDSSバトルを盛り上げるためのスパイスなんだからさ」 かなたは、僅かに唇を震わせる。それはまるで、横綱にビール瓶で殴られたときの如き感情。 恐れが、かなたの全身を包んでいた。 「ま、今日はこんなところでいいや。僕は、肉体労働は苦手なんでね。もう、邪魔しないでくれればいいから」 踵を返し、眩い大通りへと抜けていく鷹岡。それを、かなたは黙って見届けるしかなかった。 鷹岡の手には、虹色のオスモウドライバーが握られていた。 * * 【翔と、ニャルラトポテト・2】 「以上が、事の顛末だ。鷹岡は、進藤美樹と進藤ソラを、お互いの信頼関係を利用して飼い殺してやがる。わたしは、それが許せない」 ニャルラトポテトは、手に持つ透明なグラスを握りしめた。中に入れられたコーヒーが、静かに揺れる。 翔は、既に号泣していた。どこが琴線に触れたのか、ニャルラトポテトにはよくわからなかったが、話し始めてから5分後にはすでに泣いていた気がする。 「お前、すげえ良い奴だなあ。進藤とか言う子も、お互いに切ねえなあ。鷹岡、良い奴ではねえと思ってたけど、許せねーよお」 (与しやすいなあ。この人) ニャルラトポテトは、心の中でほくそ笑む。 自分がもしもこの男をだます気であれば、軽々と騙せてしまうのではないだろうか。 翔は、尻で涙を拭った。さりげない衝撃映像にニャルラトポテトは口から心臓が飛び出そうなほど驚いたが、翔は気にしない。 「それで、俺はどうすりゃーいいんだ。その子を、連れてけばいいのか」 「いや、そっちは一応考えがある。外に連れ出すこと自体は、わたしがやる。翔サンは、安全な場所に匿ってほしい」 「その子の動きは鷹岡にマークされねえのか」 「ああ、進藤姉妹は、体内にGPS装置を埋め込まれている。鷹岡は、いつでもそれを確認できるんだ。だが、心配はない。それを無力化する方法も、既に考えてある」 「で、その子と合流した後の脱出手段は……」 「わたしが、ビル内でひと暴れすんのさ」 ニャルラトポテトは、にやりと笑う。 「鷹岡がそっちに気を取られている間に、進藤姉妹はビルを出ていく。鷹岡が気づくころには、後の祭りってわけだ。 あとは、姉妹で話でも何でもしてもらって、ゆっくり和解してもらえばいい。鷹岡が今までしてきたことを伝えれば、何とかなるだろうさ」 翔は、手を顎に当てる。しばらく押し黙った後、口を開いた。 「それ、ちょっと無理だろ」 ニャルラトポテトは、翔の言葉に目を丸くした。 「C3ステーションって、銀座にあるでかいビルだよな。ガードマンも山ほどいるだろうし、警備システムも強固だろう。一人でかき乱すのは、ちぃーっときついぞ。 第一、お前鷹岡にすでにマークされてるんだろ。あいつもバカじゃねえんだから、お前がC3ステーションに乗り込んだ時点で、すぐに進藤ちゃんたちの存在に思い当たるだろ。お前は、姿を見せちゃいけねえ。 そもそも、鷹岡もどうするか考えねえと。ああいうやつは、蛇みてえに陰湿だ。進藤ちゃんが逃げ出したからって、それで諦めるとは思えねえ。金と人脈の力で、必ず追い詰めようとするだろう。心を折らねえと、一生逃げ続けることになっちまう。それは、幸せじゃねえよ」 ニャルラトポテトは、口をぽかんと開ける。 「……翔サン、思ったよりちゃんと考えてんだな」 「お前、俺をなんだと思ってんだ」 翔が、ケラケラと笑った。 「暴れるのは、俺の方が向いてんだろ。その間に、お前が進藤ちゃんたちを連れていけばいい」 「いや、待て待て。そこまでやらせるわけにはいかねえよ。大企業に殴り込みかけるんだぜ。指名手配とか、普通にされるぞ。その点わたしは、もう手配されてるから……」 「心配すんな。俺、KGBとかに国際手配されてっから、日本の警察には元から追われてんだよねー」 「え、そうなの?」 想像だにしなかった翔の言葉に、ニャルラトポテトの声が裏返った。 「悪の組織的なやつらに、色々やらかしてるからな。その縁で、結構国家の偉い人とかもぶん殴っちゃったみたいなんだわ。結構機密だから、あんまり知ってる人はいねえけど。 稲葉白兎とか、お前もそうだけど、大会中の身柄は保証されるじゃねえか。だから日本に滞在できたけど、C3ステーション潰したら大会終わっちまうからな。 身柄拘束される前に、また適当に海外にでもいくさ。」 絶句するニャルラトポテトを尻目に、翔は自らの尻からスマートフォンを取り出し、コール音を鳴らした。 「もうちぃっと人手が必要だな。何人か声かけるぜ」 「おいおい、勝手に進めるなよ。わたしは、あんたが信頼できるからと思って話をしたんだ。勝手に人を巻き込むのは……」 「安心しろ。俺の知り会いは、みんな尻愛(しりあい)だ。信用はできるぜ」 ヘイ尻(Siri)、と電話に話す翔に、ニャルラトポテトは何から突っ込んでいいかわからなかった。 * * 【鷹岡と、C3ステーション】 C3ステーション、社長室。 銀座の一等地に構えられたビルの頂上に位置するこの部屋は、鷹岡の私室を兼ねている。 鷹岡は、壁一面に広がる大きな窓から見える景色がお気に入りだ。 ここから一望できるほとんどの人が、自分の番組を見ている。ここにいると、そう実感できる。 このビルは、鷹岡の城だ。 鷹岡はほくそ笑みながら、自分の机に向かった。 「さあて、今日もお仕事お仕事……っと」 けたたましくドアが叩かれたのは、その瞬間だった。鷹岡は、朝の優雅なこの時間に、騒々しくすることを好まない。 不愉快そうに眉を寄せながら、「入りなよ」と声をかけた。 ドアを開けた専務は、額に弾の汗をかきながら、あわあわと口を震わせていた。 「た、大変です、社長! ビルの前に……あ、あの……!」 全裸の女性が! と言う言葉を聞いたときの、鷹岡の心境や如何に。 * * 【翔と、露出卿】 「すまねえなあ。こんなこと頼んじまって」 「ふむ。他人行儀なことを言うな、“スパンキング”翔よ。我らは、共に尻を交えた仲。三千世界の果てであっても、助けを求めるならばそこに駆けつけようではないか」 C3ステーション本社ビル前。 入口に立ち並ぶのは、『尻意(ケツイ)』と前垂れに書かれたふんどし一丁の筋肉男と、全裸の美女。 早朝の銀座は、往来が激しい。何が起こっているのかと、興味本位で思わず足を止める人の群れが、C3ステーション前に集っている。 「それに……なかなかのギャラリーである。悪くない」 「はっは。そう言ってくれればありがてえな。そんじゃま、くれぐれも死人は出さねえでくれよ」 翔が尻をスパンクし、気合を入れた。 「ふむ、誰に言っておるのだ、翔よ」 ビル内から、雑踏の如く出てくる武装兵たち。 露出卿は、静かに剣を腰のベルトから抜いた。 「人を活かす剣を振るわせれば、吾輩の右に出る者などいないよ」 一閃。 ただ一瞬剣が煌めいただけで、武装兵の装備は解除される。 ついでに、周囲に集まっていた観衆の服も解除される。 後には、悲鳴を上げる全裸の男女だけが残った。 「さあ、行け! ここは、吾輩が引き受けた!」 「おう、頼んだぜ!」 叫ぶ露出卿を尻目に、翔はビル内に向かって駆け出した。 阿鼻叫喚の地獄絵図になっている玄関前を、ギャラリーの間からチラと見て苦笑いする人影があった。 既にオフィスレディに変装し、会社内に潜入していたニャルラトポテトは、全裸の男女が蠢くさまを見て、一人ごちた。 「……活人剣とか言ってるけど、社会的には死ぬんじゃねえかな」 * * 【鷹岡と、進藤姉妹】 何故、こんなことをする。こんなことをして、なんの益があるというのか。 防犯カメラに映る尻丸出しの侵入者を目で追いながら、鷹岡は必死に考えていた。 “スパンキング”翔は尻で人を吹き飛ばながら、階段を全速力で登っていく。明らかに、社長室を目指している動きだ、 “スパンキング”翔の強さは、DSSバトル視聴者の誰もが知っている。とても、この男を止められる警備など用意はできていない。 「ええい、全く! 僕は、スパンキングに呪われてるのかなああああ!」 今まで、全てが鷹岡の書いた絵図の通りに進んでいた。そうやって、今の地位を手に入れた。 こいつだけだ。 “スパンキング”翔だけが、鷹岡の思い通りに動かない。 「理由はわからないけど、もう叩き潰さないと気が済まないよ……!」 もうすぐ社長室にたどり着くであろう敵に相対するために、鷹岡は金庫からベルトを出した。 それは、まさしく、虹色のオスモウドライバーだった。 鷹岡は、たどり着けなかった。ニャルラトポテトと“スパンキング”翔が手を組んでいる可能性に。 鷹岡は、油断した。翔の目的が自分であると判断した瞬間から、モニターから目を外してしまった。 鷹岡は、本来最も注意を払うべき存在を、おろそかにしてしまったのだ。 モニターには、はっきりと映っていた。 OLに扮するニャルラトポテトが、進藤ソラの乗る車イスを押す。 そして、その後ろから手を引かれる、進藤美樹の姿が。 * * 【翔と、鷹岡】 社長室の扉を開けると、鷹岡が不敵な笑みを浮かべ、拍手を鳴らした。 「いやあ、流石だねえ。“スパンキング”翔君。強い強いとは思っていたけど、ここまでとは思わなかったよ」 「はっはっは! 光栄だな!」 快活な笑顔でサムズアップをする翔に、鷹岡の腸は煮えくり返っていた。 しかし、それを見た目にはおくびにも出さない。常に底の知れない男でいる。それこそが、鷹岡の戦術だからだ。 「それで、今日は何の用だい? まさかここまでやっておいて、近くに来たからちょっと寄ってみたってわけじゃないだろう」 「話が早くて助かるぜ、鷹岡サンよ。わかりやすく言うと、この会社を潰しにきたのさ!」 「……はあ?」 鷹岡が、間の抜けた声を上げた。次いで、くつくつと腹の底から笑いが出る。これは、心底の笑いであった。一言、「失礼」と言って口元を抑える。 「会社を潰すって、頭の悪い話だね。暴力で潰れるような会社があるかい? 保険もかけているし、今日出勤していない社員も山ほどいる。この程度の損害なんて、どこからでも補填はできるのさ。 本当にそのためだけに来たんだとしたら、あまりにも愚かと言っていい。やはり、頭の中までお尻になってしまっているのかな。おっと、こいつは失言だったな。すまないね。 なんにしろ、例え君が僕をこの場でぶちのめしたとしても、僕が数日休暇を取るだけで、会社は痛くもかゆくもない。 個人なんて、無力なものなんだよ」 笑いを上げる鷹岡の耳に、甲高い声が響いた。 「その個人の犠牲の上で成り立つ会社なんて、潰れちまった方がいいと思ってんだよ」 カツカツとヒールの音を立てながら、社長室の扉を悠々と歩く甘ロリに身を包んだ少女。 変幻怪盗ニャルラトポテト。 翔が、笑顔で手を振る。 「よう、ポテト。首尾はどうだい」 「おかげさまで、ばっちりさ」 その瞬間、鷹岡の脳裏に進藤ソラが結びついた。 モニターに目をやる。本来進藤ソラが常駐している部屋は、既にもぬけの殻だった。 鷹岡は、内心の動揺を表に現さず、口笛を吹いた。 「こいつは驚いた。あの偏屈な子を、どうやって連れ出したんだい」 「簡単な話だ」 ニャルラトポテトは、厭らしく笑った。 「進藤ソラは、1日合計1時間だけ、聖母みたいな気のいい子になれるんだよ」 * * 【狭岐橋と、支倉】 都内の某個室居酒屋。 夜は大人の社交場となるが、昼である現在は気軽に個室でランチが取れる、便利な場所となっていた。 進藤ソラは、車イスに乗ったまま入れる個室内で、明太子スパゲティを平らげていた。 「うーん、やっぱり味がしないなあ。食感は楽しいんだけどなあ」 「ソラちゃんはすごくおいしいよ、ハアハア」 そして、進藤ソラを背後から抱きしめ、耳元をぺろぺろと舐める女がいた。 1回戦で翔と激突した女、狭岐橋憂である。 すでにサキュバス化しており、進藤ソラに熱烈なアプローチ……というかセクハラをしている。 これは、決して趣味ではなく、進藤ソラを食べない(・・・・)ための方策だ。 進藤ソラは、支倉饗子が出演するDSSバトルを魔人能力『Cinderella-Eater』で食した。 そして、精神にのみ『いっぱい食べる君が好き(イート・ライク・ユー)』の影響を受け、支倉饗子と化した。 だが、第2ラウンドにおいてニャルラトポテトが叶えた『おまじない』により、『いっぱい食べる君が好き(イート・ライク・ユー)』は1日合計1時間の任意発動能力へと変質した。 その影響を受け、進藤ソラは1日合計1時間だけ支倉饗子の人格が表出する、二重人格体質となったのだ。 進藤ソラは、鷹岡の策略と壮絶な過去により、色々とこじらせてしまっている。 しかし、支倉饗子はその能力の凶悪さを除けば、至って心優しい少女である。 C3ステーションに潜入したニャルラトポテトが接触し、現状を説明すると、二つ返事で「それなら、ここにいちゃいけないね!」と言ってくれた。 そして、進藤美樹を説得し、共に脱出してくれた。 二人を外で受け取ったのが、翔からの連絡を受けて待機していた憂だ。 彼女は、サキュバスとなれば食欲が全て性欲に変換される。『いっぱい食べる君が好き(イート・ライク・ユー)』に対抗するには、もってこいの能力なのだ。 「お腹すいた」とぶーぶー口を鳴らした進藤ソラ(支倉饗子)が食事をしている間、進藤美樹には席を外してもらい、サキュバス化した憂は息を荒げながらソラの動かない足を股間に持っていったりしていた。 (翔さん、大丈夫かなあ……) もう少しすれば1時間が過ぎ、支倉化はしなくなる。そうしたら、二人に鷹岡の所業を話し、ご実家まで送り届ける。それが、憂の役目だ。 これほどまでにこじれた二人の関係を、すぐに解せるとは思わない。それ相応の時間が必要だろう。 けれど、きちんと話し合えば、分かり合えないはずがない。 私だって、出会えたのだから。 自分の魔人能力を肯定してくれるカナちゃんと。どこまでもお人よしの翔さんと。 そして、恋語さんと。 (次会った時は、ちゃんと謝りたいな) 憂は、ソラの素足を自分の顔に乗せながら、恋に一生懸命な少女との再会を祈った。 * * 【翔と、鷹岡と、ニャルラトポテト】 鷹岡は、懐にしまっていたハンディモニターを取り出す。 しかし、そこに本来示されるはずの、進藤美樹と進藤ソラの居場所を示す光は消えていた。 「二人の体内に埋め込んだGPSも無力化しているのか……」 「ああ、そいつはわたしが壊させてもらった」 そう言って、ニャルラトポテトは姿を変える。 それは、第3回戦で“理解”した戦友、枯葉塚絆の姿だ。 「どこに埋め込まれていようと、発信機は機械だ。『金属曲げ(クリップアート)』で、クシャっとやっちまえば、すぐに壊れちまう。あとは、外科手術でゆっくり摘出してもらえばいい。 ちなみに、体内の鉄に『触れた』と認識できるかどうかは、きっちり事前に確認済みだ。抜かりはねえぜ」 「いやはや、こいつは参ったなあ」 鷹岡は、顔だけでにやりと笑った。 しかし、翔とニャルラトポテトから見えない机の下では、忙しなく膝を揺すっている。 補填できる、どころの騒ぎではない。大損害だ。DSSバトルの要と言える二人が、自分の手の平から逃げ出している。 その事実が、鷹岡には何よりも許せず、不快だった。 (こいつは、高くつくよ) 逃げ出した二人を、どこまでも追い詰め、どこまでも搾取する。 元来、荒事は好かない鷹岡だが、自分のメンツを潰した相手には、徹底的に報復をしなければならないことを知っている。 進藤姉妹に舐められたままでは、今後の自分の地位は立ち行かなくなるだろう。裏切ればどうなるかを、思い知らさなくてはならない。 だが、今はこの状況を収めることだ。 オスモウドライバーを、いったん机にしまう。翔に対する個人的な恨みの範疇は、もはや超えた。この二人にかかずらってはいられない。一刻も早く体勢を立て直し、捜索隊を組織しなければならない。 鷹岡は、パチパチと手を鳴らした。 「で、これからどうするつもりだい。二人を連れて行って、もう目的は達したんだろう。会社を潰すと言っても、さっき言った通り個人の力で会社を潰すのは不可能だ。 このビルを灰燼に帰せば、ひょっとしたら会社は倒産するかもね。でも、そんなことしたら路頭に迷う人が出てしまう。それは、君たちも望むところではないだろう。 正直言って、こちらは彼女らが抜けただけで大損害なんだ。もちろん、今後彼女らを追うつもりもない。今日はこんなところにして、帰ってくれないかなあ」 「確かにそうだなー。ここに勤めてる人らにゃ、あんま迷惑かけたくはねえし。お前も、随分疲れてそうだ。俺もこの辺りで帰りてえのはやまやまなんだけどよ」 翔は、にやりと笑った。 「そもそも俺は、お前のことそんなヤワなケツだと思ってねーんだよな。とことん叩き潰さないと、お前は必ず進藤ちゃんたちを追う」 「……なに?」 「お前と似た奴を、俺はよく知ってんだ。両腕が義手になっても、半年で中東最大の犯罪組織を復活させた奴に……な」 「君は、何を言っているんだ」 尻リリリリ。尻リリリリ。 何処からか、電話のコール音が鳴った。翔が、ケツの隙間からスマートフォンを取り出す。衝撃映像に鼻水を吹きだす鷹岡を尻目に、翔は電話に出た。 「おっ、終わったかい。サンキュな」 翔はスマートフォンを放り投げ、鷹岡はそれを片手でキャッチする。 「お前に話があるって」 鷹岡が、恐る恐る電話口を耳に当てる。 「……鷹岡だ」 『どうも、お久しぶりです社長。この度は、多分なご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした……って、もう皮被る必要はねえんだけどな。あ゛? 誰の皮が被ってるだ? 殺すぞ、クソが』 その声に、鷹岡は聞き覚えがあった。 「刈谷くん、か」 * * 【鷹岡と、刈谷】 『ご明察。DSSバトルの視聴率も相変わらずやたら高えし、派手に稼いでいるみてェじゃねえか。全く、羨ましいことだ。こちとら、その日暮らしの根無し草だってのによ』 「そんなことはどうでもいい。何故、君がこの電話に出ている。現状を、理解しているのか」 『もちろん。あんたが大損害食らってることも、さっさとケツ狂いとカマガキとかいう最悪の変態二人を追い返したいことも、内心怒り心頭で草の根分けても『S・S・C』保持者を探し当てたいことも、すべて理解している。俺は、あんたのやり口も性格も、全部把握してんだよ』 鷹岡は歯噛みした。 刈谷は、目下の取引相手としては優秀だが、与しやすい相手だった。だが、この男にイニシアチブを取られると、ここまで厄介とは。 『まあでも、一緒に仕事をしていた仲だからな。この苦境を乗り越えるため、俺の純粋な親切心から融資させてもらった。なあに、遠慮するな。ほんの100万リラ程度だ。中東にダミー口座を作って、そこからな」 「な、なに!」 鷹岡は、驚嘆の声を上げた。 100万リラは、円にして約3千万円に上る。それほどの金額を、ポンと振り込んだというのか。 刈谷は、電話口の向こうで押し殺した笑いを上げる。 『吃驚したか。安心しろ。口座も金も“借りた”だけだ。そこのケツ男の友人に、中東の犯罪組織のボスがいてな。そこから借りた。俺が、あんたにそんな大金送るはずねえだろ。 振り込まれた金は“返却”すると、一瞬で消え失せる。さながら、すぐに引き出されたかのようにな。謎の海外口座から振り込まれ、一瞬で消えた大金。物は残らねえけど、履歴は残るんだ。銀行はどう思うかね。 少なくとも、警察が入ることは間違いねえ』 「……お前、知っているのか」 『知っているもクソも、あんたが不正経理をしてねえはずがねえだろ』 鷹岡は、携帯電話を潰さんばかりに握りしめた。動悸が止まらない。 それは、この大企業の社長が初めて見せた、明らかな同様だった。 『警察は、徹底的にあんたの口座を調べつくすだろう。その中で、隠し口座も、不正献金も、脱税の証拠も、全てが白日の下になる。 気づかなかっただろ。当然だ。そのために、そいつらはビルの中で暴れまわってたんだからな』 社員はほとんどが露出卿により無力化し、誰もまともに仕事をできなかった。 妙な金の動きを、誰も察知ができない。気づいたとしても、隠ぺい工作もままならぬ。 進藤ソラを救出し、鷹岡を破滅させる。これは、二重の作戦だったのだ。 『ちなみに、これから方々に手を回そうとしても無駄だ。そこの尻野郎の友人には、国際的ジャーナリストとして名高い、幸田俊治がいる。すでに、C3ステーションの経営状態について、下調べはついているらしい。 呆れた人脈だろう。俺は、つくづく敵に回したくないと思ったぜ』 鷹岡は唇をわななかせながら、憎々しい声を絞り出した。 「なぜ、お前がこんなことをする」 『非常に残念なことに、どうやら俺はそこにいるカマのクソガキに借りがあるらしい。ハッピーエンドの押し売りだ。もらいたくてもらったわけじゃねえが、借りたもんはなるべく早く返さねえとな』 しばしの沈黙。歯を噛みしめる鷹岡に、刈谷は演技なのか本心なのか、どこか穏やかな声を出した。 『あとさ、子どもを助けるのが大人の仕事だ。俺は、本当にそう思っている。あんたも、そうだったんだろう。俺たちもそろそろ、正義のヒーロー目指してもいいんじゃねえか。鷹お』 その先の言葉は、鷹岡の耳には届かなかった。 持っていたスマートフォンを振りかぶり、地面に叩きつける。プラスチック音を響かせ、カラカラと電池が取れた。 翔が「あ、俺のスマホ……」と寂しげにつぶやいたが、ニャルラトポテトは意に介さず、鷹岡に言葉を向ける。 「全部理解しただろ。この会社は潰れない。そんな意味もないんだ。あんたはもう、お終いだから。 C3ステーションの社長じゃなくなれば、もはや二人を追う必要もない。それで終わりだ。わたしたちの勝ちだよ、鷹岡」 ハアハアと息を切らす鷹岡は、黙って自分の机に近づく。 「まだだ。まだ終わっちゃいない。ここで貴様らを殺して、あの二人を手に入れる。そうすれば、過去は変えられる」 机の中から出すのは、虹色のオスモウドライバー。 それを見た翔は、ニャルラトポテトを庇うように、前に立つ。 「ポテト、下がってろ。こいつは、強えぞ」 このベルトを、翔は見覚えがあるのだ。 野々美つくね。あの、雄々しい横綱の姿は、未だに目の奥に焼き付いている。 「何が、正義のヒーローだ。そんなもん、とっくに諦めてんだよ。国暗協に心を売って、のし上がった日からなあ!」 変身と、鷹岡は叫んだ。 鷹岡のドライバーが光り輝き、腰へと吸い寄せられていく。 そして虹色の光を放つベルトのエンブレム下から白布が生じ……「アァイッ……」鷹岡の股下をくぐった。 トトン!トトトントトン!トトン!トントン!トトン!トントトン! NHK相撲中継のオープニングでお馴染みの寄せ太鼓の音が、どこからともなく響いてくる。 虹色に輝く粒子が鷹岡を取り囲み、そのひょろりとした肉体と結合していった。 《MODE:UNRYU》《ASASHORYU》 《あさぁぁ~~しょぉぉりゅうぅぅ~~~》 人によっては、史上最強と評価されることもあるだろう。 強さを追い求める、孤高の存在。その顔は、歌舞伎絵の如き迫力がある。 平成最大のヒール横綱。朝青龍がそこに顕現した。 「俺は最初から千秋楽だぜ」 朝青龍と化した鷹岡は、まるで白鵬を睨み付けるがごとく翔を見やり、勢いよくぶちかました。 * * 【鷹岡修一郎】 いつからだったろうか。夢を見なくなったのは。 いい暮らしがしたかった。いい服を着て、良い飯を食べて、自分のことを社会に認めさせたかった。 そのために、金が欲しかった。手を汚す事なんて、簡単だった。人をだますことにも、地獄に落とす事にも、何も感じなかった。 でも、本当に昔はどうだっただろうか。 僕は、どんな夢を見ていたのだろうか。 「ボクは、世界に衝撃を与える番組を作りたいんだよ! 誰もが見て、心振るわせて、感動の涙を流すような、そんな番組を!」 そんなことを言った、ケツの青いガキがいた。 ガキの僕は今の僕を見て、どう思うかね。 知ったこっちゃ、無いけどさ。 僕が、黒く塗りつぶされていく。 虹色のオスモウドライバーに……。 * * 【つくねと、ミルカ】 太陽が輝く空を、猛然と1匹の巨大な怪鳥が飛んでいた。 その上に乗るのは、この怪鳥の主である、魔人能力『怪物園』の持ち主、篠原 蓬莱。 そして、その“友達”であるミルカ・シュガーポットと、野々美つくね。つくねの友人である、当真ちはやだった。 「うわー、気持ちいい! ありがとね、ミルカさん! よもぎさん! ほら、ちーちゃん、人がゴミの様!」 「なに、目が潰れそうなこと言ってんのよ、あんた。本当にありがとうね、よもぎさん。なんか、移動手段みたいに使っちゃって……」 蓬菜は、もちろんですと首を縦に振る。 「私、お友達とどこか行くことって、あまりなかったですから、嬉しいです。それに、友達が楽しいと、私も楽しいですし。ね、ミルカさん」 「私はまあ……否定はしないけど」 えへへ、と笑顔になるつくね。それを見たミルカ達は、なんとはなく嬉しい気持ちになった。 第2回戦以降、4人はVRカードの通信機能を使って、たまにお茶をするくらいの仲になっていた。 お姉さん気質のミルカと、ほわほわした蓬菜。元気印のつくねに、ツッコミ役のちはや。四人の馬は、不思議と合った。つくねが話すことと言ったら、DSSバトルと総合格闘技と相撲のことばかりだったが。 今日は、つくねがトレーニングをした後の休息日。また、4人でどこかに出かけようという話になったのだ。 「銀座って、私はあんまりいかないんだよね。ミルカさんは、行きます?」 「私は、よく行くかな。紅茶の美味しいお店があるの。オススメよ」 「おおー、さすがミルカさん。大人だねー」 「大人ですね」 「ちょっと、つくねちゃんはともかく、蓬菜は対して歳変わんないでしょうが」 4人の会話は、いつもこんな軽口ばかりだ。でも、少しずつ距離が詰まっていく感覚に、4人ともが心地よさを感じていた。 轟音が、響いた。 その音源は、空高くそびえ立つバベルの塔の如き、乳白色のビル。 C3ステーション本社ビル。 その最上階の壁が、ばらばらと崩れていた。 「ヨモギさん!」 「はい!」 つくねの一声で、怪鳥は進行方向を変える。 その先にいたのは、ビルから落下する“スパンキング”翔と、それを追うように飛び降りる、虹色のオスモウドライバーを締めた朝青龍関の姿だった。 つくねの心臓が、ドクンと高鳴った。 * * 【つくねと、鷹岡】 「いてて……」 「無事かね、翔」 翔は、瓦礫の中から這い出した。露出卿が、珍しく心配そうな顔をして、翔に手を差し出した。 その後ろでは、全裸のギャラリーたちが、ワーキャーと叫び声をあげながら、逃げ惑っていく。 目の前には、鷹岡であったはずの朝青龍が、フシューフシューと息を荒くしていた。 ニャルラトポテトが、打ち抜かれた社長室の壁穴からひょいと顔を出した。どうやら、ぶちかましには巻き込まれなかったらしい。翔が、ほっと胸をなでおろす。 「この男が、鷹岡修一郎かね。前に会った時とは、随分雰囲気が違うようだが」 「オスモウドライバーってやつだ。以前、見たことがある。だが、様子がおかしい。オスモウドライバーは相撲取りにはなれるが、地上30階から落ちて無事な相撲取りはいない」 お前も地上30階から落ちて無事だったのかよ、と尻をはたきたい気持ちを抑え、露出卿は朝青龍関の腰から上を見上げた。 そう、見上げたのだ。 露出卿の身長は168センチメートル。朝青龍の身長は184センチメートル。確かに差はあるが、露出卿の頭が朝青龍の腰にあるというのは、どう考えてもおかしい。 「さっきは、俺よりも小さいくらいだった。こいつ、どんどん大きくなってやがる」 「それこそが、虹色のオスモウドライバーの力よ……」 鷹岡が、声を出す。その声は、低く呻くようで、人間が発せられるようなものではない。 「虹色のオスモウドライバーは、七人の力士の力を合わせることができる……。私は、朝青龍をベースに、七人の横綱の力を合わせた」 朝青龍。 白鵬。 千代大海。 日馬富士。 貴乃花。 曙。 そして、稀勢の里。 「全員の相撲パワーの集合体となった今の私は、朝青龍ではない。さしずめ、朝白千代日馬稀勢曙貴乃花関と言ったところか……」 「だせえな」 「うむ。ださい」 「うごおおおおお!」 鷹岡は絶叫しながら、もはや翔の身長にも及ぶであろう手のひらで、突っ張りを放たんとする。その破壊力は、家をも壊し、C3ステーション本社ビルすらも塵にするだろう。 もはや、鷹岡は完全に冷静さを欠いていた。 「まてええええ!」 その時、空から絶叫が聞こえた。 上を見ると、ひとりの少女が落ちて来た。 「むむ、翔よ! 空から女の子が!」 「あれは、……つくね!?」 空飛ぶ怪鳥から飛び降り、オスモウドライバーをすでに腰に巻いた少女。 野々美つくねは、既に臨戦態勢だ。 「オスモウドライバーをそんなことに使うなんて、許さない!」 もはや、朝白千代日馬稀勢曙貴乃花関の体長は、10メートルを越えつつある。 そんな体では、土俵には入れない。 これはもう、相撲ではないのだ! つくねが怒るのも無理はない。 つくねは空中で、エンシェント・リキシチップをオスモウドライバーの中心に勢いよく固定する。 それはさながら、白鵬戦で朝青龍が魅せた裂ぱくの気合のようであった。 「――変身っ!」 トトン!トトトントトン!トトン!トントン!トトン!トントトン! NHK相撲中継のオープニングでお馴染みの寄せ太鼓の音が、どこからともなく響いてくる。 それと共に、空に雷鳴がとどろき、稲光が如き熱く眩い光が走った。 白く輝く粒子がつくねを取り囲み、彼女の肉体と結合していった。 《MODE:KOKON-JUKKETSU》《RAIDEN》 《らいぃぃ~~でぇんん~~~》 「お前の星を数えろ」 「おお、雷電! 大相撲史上未曽有の最強と呼ばれる、伝説的横綱じゃねえか! あれなら、朝白千代日馬稀勢曙貴乃花関の圧倒的パワーにも、対抗できるかもしれねえ!」 なんだかモブみたいなことを言い出した翔を背に、雷電と化したつくねは、着地と同時に両手を地に着いた。 普通に地上30メートルより高いところから落ちている気もするが、雷電だから大丈夫だ! さすが雷電! 《PUT YOUR HANDS》 ホログラム行事が出現。オスモウドライバーから投射された光が土俵を形作る。 《READY》 「阿呆が……!」 朝白千代日馬稀勢曙貴乃花関もまた、地に両手をつく。サイズ感はまるで違う。 それでも雷電ならば、雷電ならばやってくれる。 そう、全裸のギャラリーたちも思っていた。 《HAKKI-YOI》 雷電が、突っ張った。 鷹岡に、雷光の如き速さの突っ張りが突き刺さる。 だが、吹き飛んだのは……雷電。 朝白千代日これもう面倒くせえな。鷹岡の突っ張りは、もはや神格とすらいえる雷電の突っ張りに、打ち勝ったのだ。 つくねの腰からオスモウドライバーが外れ、変身が解ける。スカートの中が露わになるが、今日はノーパンではなかったらしい。よかった。 ノーパンではないことによる、シンクロ率の低下。そして、同じく神格たる7人の横綱の力。もしくは、つくねの練度不足でもあるかもしれない。 しかし、どのように理由を考えようと、結果は変わらない。鷹岡の……虹色のオスモウドライバーの力は、雷電を上回ったのだ。 よく考えたら、七人の横綱にボコボコにされたら、流石に雷電でも辛いんじゃないかと思う。 「ぐっ……あああ!」 「つくね!」 悲痛な声を上げ、地面に着地した怪鳥から駆け寄るミルカ達。 つくねは、苦しそうに呻きながらも、鷹岡を見上げた。 「あの人、虹色のオスモウドライバーで負の感情を増幅されている……。相撲の悪しき慣習に、心を捉われているんだ。このままじゃ、オスモウドライバーに支配されて、本物の化け物になっちゃう!」 状況は、絶望的だった。 「ふあははははあはは! この場にいる全員だ! 全員を殺す!」 鷹岡の、悪魔の如き笑いが、響き渡った。 もはや鷹岡は目的を見失い、力に溺れる魔物と化していた。 * * 【翔と、スパンカー】 「さて、どうしたもんかな。俺と露出卿二人で闘っても、ちょっと手に余るんじゃねえかな……」 「というか、まず勝ち目はあるまい。先ほどの雷電と言うフォーム、恐ろしい強さであった。それが、赤子の如くやられるとはな」 殺戮を求める魔獣の如き鷹岡を前に、翔と露出卿は膝をつく。 ここは、VRではない。死地に親しんだ二人とはいえ、勝ち目のない戦いをするわけにはいかない。 なにか、方法はないか。ふと、露出卿が翔の肩を叩く。 「そういえば、お主の能力はどうだ。『ラスト・スパンKING』ならば、無限のパワーアップが可能なのではないか」 翔は、無念そうに尻を振った。 「いくら露出卿のスパンキング力でも、あいつに勝てるほどに力を溜めるのは、時間がかかりすぎる。それに、俺たちがスパンキング行為に興じていたら、鷹岡の足止めも出来ない。なんとか、他の方法を……!」 翔は、後ろを振りむいた。そこには、露出卿に衣服を切り裂かれ、鷹岡の脅威に怯える群衆がいた。 惨劇を聞きつけ、ぞろぞろと集まってくる人々や、どこから来たのかテレビクルーまでいる。 翔の目が、輝いた。 「エア・スパンキングだ……!」 露出卿が、怪訝な顔を向ける。 「流石に、そこまで意味不明の言葉を出されると、ちょっとついていけんな。説明をするが良い」 「スパンキングが、尻を叩くことだってのはわかるな」 「お主、吾輩を馬鹿にしておるのか」 「だが、俺の能力『ラスト・スパンKING』は、精神攻撃すらもスパンキングととらえる。そこで、ここにいる人たちに、俺のケツを叩くつもりで、何度も空中スパンキングをしてもらうんだ。 一人一人のスパンキング力は小さいが、集まれば大きな力になる。露出卿一人でスパンキングしまくるよりも、早くスパンキングパワーがたまる……と思う」 「ふむ。ずいぶんと自信がなさそうだな」 「そんなこと、やったことねえからな」 「では、やってみろ」 露出卿が、翔の尻を思い切り叩いた。翔の全身に力がみなぎる。露出卿は剣を携え、鷹岡に向き合った。 「その間は、吾輩に任せるが良い。なあに、足止めくらいならば、できるだろうよ。吾輩は、露出亜の威信を背負う最強の剣士、露出卿だ!」 飛び込んでいく露出卿。それを尻目に、翔はギャラリーに叫んだ。 「みんな、聞いてくれ!」 はっきり言って、スパンキングの地位は低い。その上、自分の能力は常識を外れている。 翔は、異常者ではない。自分の能力が、つまはじきにされることなど、分かっているのだ。 それでも、今はこれしか方法がない。 「俺は、ケツを叩かれれば叩かれるほど、強くなる魔人なんだ! みんなが、俺のケツを叩こうというつもりで空中に手を振れば、それが俺の力になる」 翔は、頭を下げて叫び続ける。 冷たい視線だろうか。異常者を見るせせら笑いだろうか。何度も、そんな扱いは受けて来た。それ自体は、特に何も思わない。 だが、もしも自分を信じてもらえないせいで、この人たちを危険にさらしたら……。 自分の尻の届く範囲の人々を、守れなかったら。 (そんなの、俺はごめんだ!) 「ちょっと信じられねえかもしれねえし、何言ってるかわからねえかもしれねえけど……。頼む! 俺を信じて、俺のケツを、エア・スパンキングしてくれ!」 翔は、あらぬ限りに絶叫した。 その場が、静寂に包まれた。 背後からは、露出卿と鷹岡が激しく切り結ぶ音が聞こえる。長くはもつまい。 急がなければならない。露出卿のスパンキングを無駄にしないためにも。 「……あんた、“スパンキング”翔だろ?」 観衆の一人が、呟いた。翔は、ぱっと顔を上げる。 「DSSバトルで見たぜ。ギネスを目指してるっていう」 「ああ、そうそう。サキュバスの女の子の、願いを叶えるって言ってた。格好良かった」 「後ろにいるの、露出卿だろ。古城の一戦、燃えたよなあ」 「つくねちゃんとの勝負も、名勝負だったよな」 ざわざわと、声が上がる。少しずつ。しかし、力強く。 「信じねえわけがねえだろ! スパ翔!」 「俺たち、あんたのファンなんだ!」 「むしろ、あんたのケツを叩きたいと、ずっと思っていたんだぜ!」 「スパンキング!」 「スパンキング!」 「スパンキング!」 翔に、力が沸いてくる。 幾人ものエア・スパンキングによって、翔の尻は叩かれる。 いや、それ以上に観衆の声が一つとなり、大きなうねりとなって翔の尻を叩くのだ。 (ヒップス、見ているか) 翔は、気が付けば涙ぐんでいた。 (こいつらみんな、スパンキングしてるんだぜ) 翔は、これまでの全てに感謝をした。 ここに来るまでに戦ってきた、戦友たち。DSSバトルで闘った、強敵たち。協力してくれた、幸田やトム・ベンジャミン。そして、ヒップス。 翔の過去全てが、翔の今を形作る。 そして、それらは今、結実する。 翔に、スパンキングを。 今、スパンカーたちの心は、一つになっていた。 * * 【翔と、SSC3に関わる全ての人々】 翔の尻をエア・スパンキングするのは、その場にいた観衆にとどまらなかった。 つくねの介抱をちはやと蓬菜に任せ、ミルカは魔人能力を発動していた。たまたま居合わせたテレビクルー。そのカメラに向かい、イメージを対象の脳内にそのまま伝える能力『公共伝播』によって。 『翔さんのケツを、エア・スパンキングして』 ミルカの思いは、電波に乗って、どこまでも届く。 ――― 「ずいぶんなことに巻きこんじまったなあ。悪いね、翔サン。頑張れ」 変幻怪盗ニャルラトポテトが、翔の尻を叩く。 ――― 「起こり得ることは、起こる。魔人がいるこの世界では、これも普通のことか」 <私>が、翔の尻を叩く。 ――― 「なんだかわからんが、楽しそうなのじゃ!」 狐薊イナリが、翔の尻を叩く。 ――― 「今こそ出すぜ! ゴメスパンキング!」 ゴメスが、翔の尻を叩く。 ――― 「ありゃ、尻の旦那随分苦戦してるみたいだね、まあ俺っち協力する義理も恩もないけど、あんたに惚れてる女の子が泣くかもしんねえから、空中で腕振るくらいしてもいいかもね。しかし、すげえ高度な変態行為だこと」 稲葉白兎が、翔の尻を叩く。 ――― 「困っている人は、助けてあげたいわよね」 支倉饗子が、翔の尻を叩く。 ――― 「ふふふ、いつか翔さんの尻は破壊してみたいですね」 荒川くもりが、翔の尻を叩く。 ――― 「……クソが。マジで、やってらんねえな。この貸しは返さなくていいから、もう関わらないでくれ」 刈谷融介が、翔の尻を叩く。 ――― 「私も、少しでも力に……!」 ミルカ・シュガーポットが、翔の尻を叩く。 ――― 「素晴らしい演出! 素晴らしい舞台だ! 踊りたまえ、“スパンキング”翔!」 ”アクトレスアクター”蜜ファビオが、翔の尻を叩く。 ――― 「この展開……燃えんじゃねえか!」 葉隠紅葉が、翔の尻を叩く。 ――― 「あんなのが暴れてたら、茉莉花の身も危ないかもしれないからね」 可愛川ナズナが、翔の尻を叩く。 ――― 「世界で二番目のスパンキング、まだ習得していないからね! 死ぬんじゃないよ、“スパンキング”翔!」 銀天街飛鳥が、翔の尻を叩く。 ――― 「おりゃ~! 連打連打連打~! あはは、楽しい~」 枯葉塚絆が、翔の尻を叩く。 ――― 「いずれあなたと切り結ぶことを、楽しみにしていますよ。それが、私の腕を上げることでもある」 珀銀が、翔の尻を叩く。 ――― 「あなたは、恋されてるんだから……。こんなところで、死んじゃだめだよ」 恋語ななせが、翔の尻を叩く。 ――― 「あんな厄介な妖怪、バシッとやっつけちゃってよね」 裏見ハシが、翔の尻を叩く。 ――― 「翔さん、勝って……っ!」 野々美つくねが、翔の尻を叩く。 ――― 「翔さん、死んじゃダメ……! 死なないで!」 狭岐橋憂が、翔の尻を叩く。 ――― 誰もが、翔の尻を叩いた。 誰もが、スパンキングをした。 世界に、スパンキングが広がった。 (こんなにも誇らしいこと、他にねえや) 翔は、夢を見ているかのようだった。 ヒップスと共に見た夢が、今目の前にあった。 ――― 「いただいたぜ、お前らのスパンキング」 翔は、戦意の欠片も魅せないような、穏やかな笑みを浮かべた。 全身からは金色の光を放つその姿は、もはや『スパンKING』ではない。 言うなれば、『シリ・ブッタ』。もはや翔は、仏の域にまで達する精神性となっていた。 「なんという……!」 翔のあまりの変貌に気を取られた露出卿が、鷹岡の張り手を避け損ねる。まともに食らった一撃に、露出卿は吹き飛ばされた。 それを受け止めたのは、“スパンキング”翔だ。 およそ、100メートルと言ったところか。その距離を、一足飛びで、一瞬でつめたのだ。 翔は、優しく露出卿を地面に寝かせる。 「待たせたな」 「いや、待った甲斐はあった」 露出卿が、にやりと笑みを浮かべた。 「良い尻だ。お主の尻を、見れてよかった」 翔は、やはり穏やかに笑った。 露出卿はその笑顔を見て、もはやこの男に敗北はないと確信した。 「なんだそれは……」 鷹岡が、翔に向かってくる。 もはや、その体は20メートルを超える。小山の如き大きさの、相撲取りとすらいえぬ異形の怪物と化していた。 「なんだそれはああああ!」 鷹岡が、張り手を振り下ろした。 翔は、ろくに力を入れる様子もなく、ただ自然に右手を前に押し出した。 それだけで、人外たる質量を持つ鷹岡の体は、中空に吹っ飛んだ。 「があああああ!」 鷹岡の右手が、溶けるかのように力を失い、元の右腕に戻った。身長20メートルの体に、ヒョロヒョロの右腕が付いている姿は、とてもシュールだ。 「なにを……何をしやがった貴様アアアア!」 「お前の穢れを、浄化したのさ」 翔は、ゆっくりと尻をふる。尻の軌道は、一つの絵を作り出していた。 描かれたのは、仏。 そう、翔は尻文字で写経をしたのだ。 「お前が捉われているのは、お前自身の悪心だ。それを払えば、お前を怪物にしている力の源は消える」 「やめろ……!」 鷹岡は、猛然と距離を詰めた。 「やめろおおおお!」 翔は、静かに尻を構えた。 「お前も、理想に燃えたことがあっただろう」 尻に、キュッと力を籠める。 「思い出せ。本当の自分を。お前が捉われた、全ての枷を外して」 そのまま、尻を突き出した。 「俺は、お前を許すよ。お前も、俺の尻の届く範囲だから」 スパンキングは、受容の格闘技。 世界でいちばんやさしい格闘技だ 鷹岡が、翔の尻に突っ込んだ。鷹岡の力が、邪気が、欲望や執念までも、翔の尻に吸われている。 「うごああああ! やめ、やめろおおおお!」 鷹岡の体が、縮んでいく。 虹色のオスモウドライバーも、金も、高価な服も、何もかも消えていき……。 そこには、ただの鷹岡が残った。 「あ……」 鷹岡は、邪気の抜けたような顔をする。 どこかすっきりしたような、全裸のおっさんが一人、瓦礫と化したC3ステーションの前に、跪いていた。 「ふむ、良い体である」 傷だらけながら、それでもなお美しい露出卿は、凛とした声で呟いた。 金色に光る翔は、両腕を広げて鷹岡にゆっくりと近づく。 「ずいぶん、働いてたんだな。心を殺して。自分を殺して」 翔は、ぎゅっと鷹岡を抱きしめた。 「お疲れ様」 翔の言葉を聞き、鷹岡の目に涙があふれた。 「ほんと、君に関わるとろくなことがないよ……」 鷹岡は呻くように呟き、翔の胸に縋りついた。 その、情けなくも満足げな表情がどこから来るものなのか、鷹岡以外に知る者はいないのだろう。 * * 【翔と、ななせ】 その対戦相手の通知が鳴り響いたのは、鷹岡を倒した直後だった。 ニャルラトポテトは、翔がVR空間に入り込むとき、「まあ、痛い思いさせないであげてよ」と、苦笑いをしていた。 そこは、砂漠だった。 バイクに乗ったモヒカンが闊歩し、海は干上がり、朽ちた東京タワーが真ん中からぽっきりと折れている。 世紀末。周囲に何もない砂漠の上に、翔とななせは向かい合っていた。 「えーと……」 ななせは、目を点にしている。翔は、自分の尻に快音を響かせ、にこやかに笑った。 「なんか、おかしいとこあるかい」 「いや、光りすぎなんですけど……。え? スパンキングすると、そんなことになるの?」 「ああ、俺もびっくりしてる。意外と保つんだな、スパンキング力」 翔は、まだ金色に光っていた。 鷹岡との戦いから、まだ一時間も経っていない。たまりすぎたエネルギーは、未だ衰えていないのだ。 「ポテトが、お前のこと心配してたよ。あんまり、痛めつけないでやってってな」 「ポテト……? あー、ニャルちゃんか。ふーん、そうなんだ。そっか……」 ななせは、翔に気取られないように、頬を一瞬赤らめてほんの少しだけ嬉しそうに笑みを浮かべる。 翔が、ゆっくりと歩み寄る。ななせは、ビクッと腕を上げた。 「お前、恋してんだってな?」 予想外すぎる言葉だった。この、尻に脳があるような人から、こんな言葉が出てくるとは。 「能力は、願いを叶える事。そのためには、おまじないが必要。でも、『今は恋を叶えるおまじない』を諦めてしまったから、過去を変えるために戦っている……。わりいな。いろいろ、聞いちまった」 ここまで来て、狭岐橋さんのことが思い当たる。 そうか、僕と戦った後も、彼女は翔さんと会って、いろいろ話していたんだな。 僕の能力への対策を講じられているという警戒心よりも先に、彼らの関係を想像して、ほっとした。狭岐橋さんの恋が順調に進んでいるようで、よかった。 その、ななせのどこかほっとした表情を見て、翔はニッと笑った。 「恋語ちゃん。お前、悪いやつじゃねえな。なんとなく、そんな気はしてたけどよ」 神々しい、仏陀の如き笑顔。翔の何もかも見透かしたようなその笑顔に、ななせの良心はズキズキと痛みだす。 「……そんなことない。僕は、狭岐橋さんにもひどいことをした」 「んなこと、姉ちゃんも気にしてねえよ。ずっと、心配してたぞ。悪いことしちゃったとか、会って謝りたいとか、そんなことばっか言ってた」 「そんなの……!」 翔が、瞬間移動が如き速度で、ななせの目前に出現した。 あまりの速度に風が吹き、ななせは思わずたたらを踏む。 その右手を、翔の逞しい手が掴んだ。 (しまった、先手を取られた) 相手の話に耳を傾けるなんて、初歩的なミスだ。人のよさそうな顔に、油断した。 振りほどこうと身をよじるが、びくともしない。この状況を打開する『おまじない』を考えないと……! 「俺のケツを、叩け」 「はい?」 予想外の一言。なにこれ、こわ。 「いきなり、なに言ってんのさ!」 「俺のケツは、今『ケツ・ブッタ』だ。お前の邪念も、雑念も、何もかも吸い取ることができる」 「はあ……?」 突然、何を言いだすんだ。 掴まれた手にも、戦意が感じられない。傷つけないように触れようとする気遣いが、伝わってくる。 「……翔さん、戦う気ないんですか」 「ないことはない。けど、先にやっとくことがあんだろ。 今ここで、告白しちまえ。どうせ全国放送だし、俺たちの一戦は注目度が高い。ここで言っちまえば、相手にも絶対伝わるだろ」 「な、なんで……! そんな見世物みたいなことをしなくちゃいけないのさ」 ななせの体が、硬直した。 この人の狙いがわからない。僕を追い詰めるためだろうか。それにしたって唐突すぎるし、頭が悪い方法だ。 僕が、そんなことをするわけがない。 僕のおまじないは、諦めたことで効果を失った。もう、『恋が叶う』という願いは成就することが無い。 進むことも、下がることもできない。僕にできるのは、過去を変えることだけだっていうのに。 「そんなこと……できるわけないじゃん。絶対に失敗する告白なんて、できないよ」 「100%なんて、この世にはねえ!」 翔の大声が、世紀末に響き渡った。 吃驚したモヒカンが、バイク数台を巻き込んで転倒し、爆発炎上している。その悲鳴をBGMに、翔は言葉を続けた。 「やらねえで、何がわかるってんだ。俺だって、やってみたら仏陀になれた。人に理解されない、スパンキングなんて能力を持つ俺が、こうして徳を詰めたんだ」 「それとこれとは、話が……」 「同じだ。今ないものを嘆いても仕方がねえ。でも、今あるものを使って、先に進むことはできる。お前はまだ、想いも伝えてねえんだろ」 翔の言葉の熱意に、ななせは翔が何の他意もなく、ただ自分の為に言葉を放っているということを感じていた。 それでも、受け入れられない。受け止められない。 この人は、僕とは違うから。 「翔さんみたいな強い人には、僕の気持ちはわからないよ」 ななせは、唇を噛みしめて俯いた。その目に、涙が溜まる。 わかっていた。自分が、スタート地点に立とうともしない、臆病な人間だって。 だから、おまじないをかけるのさ。確信がないと、何もできないから。 恋を叶えるのも、恋がなくなるのも、本当は怖いんだ。 恋をして、それに向かっているときがいい。 何も決まっていない時が、一番安心できる。 翔は、ゆっくりと頭を振った。 「そんなことねえ。俺だって、怖かった。自分がしていることが正しいのか、ずっと不安だった。こんなことで、スパンキングは認められるのか。ヒップスは喜ぶのかって。 だけど、行動してみたら、みんなは俺を、スパンキングを認めてくれた。お前だって、俺のケツをエアで叩いてくれたんだろう。ちょっと前は、考えられなかったことだ」 ななせは、先ほどのテレビ中継を思い出す。あれは、あくまでもエア・スパンキングだった。だが、確かにスパンキングだった。自分が男性のお尻を叩くなど、少し前は確かに考えたこともなかった。 翔はななせの手を離し、肩に手を置いた。覗き込むその目の中には、どこまでも真っ直ぐな瞳が広がっている。 「自分が変われば、世界は変わる。失敗が決まってるなら、成功する場所まで進むんだ。お前は一人でそれができる奴だと、俺は思う。 俺は、その後押しがしてえんだ。おまじない、みたいなもんかな。素敵なヤツとは、言えねえけどな」 翔はハッハッハと笑った後、ななせにプリッとケツを向けた。 ななせは、ギュッと手を握りしめる。 僕も、前に進めるだろうか。 この、もどかしいほどの恐怖を乗り越えて、その先へ。 蒼空に、尻の破裂音が響いた。 それは健やかで伸びのある、澄んだ空気のようなスパンキングだった。 「いただいたぜ、お前のスパンキング。そして、臆病な心も、な」 翔は、ななせの頭をポンポンと叩いた。 「ケツ向けちまって、悪かったな。お前の怯えは、俺のケツが受け止めた。あとは、前に進むだけさ」 ななせは、不思議と胸がすくような思いがしていた。 前に進む恐怖も、挫折する恐れも、今はない。 心に残ったものは、結局ただ一つだけ。 あの人への、恋心。それだけ。 体中から想いが溢れて、頭を、瞼を熱くする。もう、視界はぐちゃぐちゃだ。 瞳から溢れ出す想いに、瞼で蓋をする気もない。 僕から零れ落ちたなら、あの人の所へ飛んでいってしまえばいいだろう。 「翔さん……」 「叫んじまえ。溢れる想い、止めてはおけねえだろ」 俺の、スパンキングへの思いと同じさ。翔は、笑ってサムズアップをした。 それが、最後の後押しとなった。 恋語ななせは、砂漠の海に向かって、叫んだ。 想い人の名前を、ネットの海に乗せて。 どうか届けと、願いながら。 「……なんか、すっきりしました」 涙で濡れた顔をぐしぐしと拭って、照れくさそうにするななせに、翔は満足げに頷いた。 「いい趣味だぜ、恋語ちゃん」 「翔さんだって、狭岐橋さん、すごく良い人です。いい趣味だと思いますよ」 「ん? なんでそこで、姉ちゃんの話が出てくるんだ」 ななせは、目を点にした。あれ、この人もしかして。 「翔さん、狭岐橋さんのこと、どう思ってます」 「おお、俺みたいな生意気な年下にも構ってくれてよ。優しい人だと思うぜ。いい姉ちゃんだよな!」 ああ、狭岐橋さん。この人だめだよ。メチャメチャ鈍感だよ。 「狭岐橋さんは、苦労するなあ……」 一人ため息をつくななせをよそに、翔は勢いよく自分の尻を叩いた。 「さて、それじゃあ戦うか。言っておくが、俺は今俺史上最強に強いぞ」 「いや、ちょっと無理ですかねー。勝ち目ないですねー」 「うーん、すまんが俺もちょっとそう思う」 はっはっはと笑う翔に、ななせも笑った。 それは、これまでの戦いのように、策謀の渦巻いた笑顔でも、決死の覚悟を持った笑顔でもない。 純粋な、恋する女の子の笑顔だった。 あ、と翔がいたずらを思い付いた子どものような表情を見せた。 「じゃあ、これで決めるか」 ひらひらと手を振る翔。ななせもまた、「そういうのもいいですね」と楽しそうな顔を見せる。 二人は、右手を天に掲げた。 思えば翔の戦歴は、戦いの至高、DSSバトルとは思えぬものばかりだった。 話し合いによる決着。 8秒で決着。 スパンキングの乱打による、視聴者の困惑。 そして、その最終戦は。 「「最初は、ぐー……!」」 なお、蛇足であるが、ななせは現実世界に帰還後、想い人に予想通り振られることになる。 だが、それでもまだ諦めきれないななせは、その後も恋心を持ち続ける。 一度玉砕することで一つの『恋』は終わり、また新たに『恋』は始まっていく。 『新たな恋』の行方は、おまじないにも分らない。 僕っていったい、何で出来てる? お砂糖、スパイス、いろんな素敵。 素敵な恋と、素敵な出会い。素敵なあなたと、素敵な僕。 もう、あなたを振り向かせるおまじない(魔人能力)はいらない。 僕が絶対、あなたを振り向かせるから。 けれど、おまじない(私へのエール)は許してね。 恋する乙女には、必要だから。 <ななせの恋物語:終着。そして、その先へ> * * ―――戦闘終了――― “スパンキング”翔 対 恋語ななせ 決着時間:5分22秒(“スパンキング”翔のパー勝ちによる) 勝者:“スパンキング”翔 * * 【狭岐橋と、カナ】 多くは語らない。 翔が鷹岡との戦闘後、進藤美樹に直々にお願いをしたこと。 進藤美樹は、それを快諾したこと。 翔と狭岐橋に、感謝を述べていたこと。 それらが、厳然たる事実である。 ただ一つ、あえて言うならば。 狭岐橋憂は、親友と大喧嘩をし、また仲直りをしたという事実。 それだけを語れば、この話は十分にハッピーエンド足り得るだろう。 * * 【インタビュー・ウィズ・スパンキング】 狭岐橋憂(DSSバトル第1試合対戦相手) 「しょ、翔さんの本を出すんですか! ぜぜぜ、絶対に買います! そうですよね。翔さん、凄く格好いいし、C3ステーションの事件から有名人ですもんね! まあ、悪い意味でもというか、凄く指名手配されていますけど……。 あ、あの、翔さんはすごく良い人なんです! 私の願いを代わりに叶えてくれたし、たくさん話も聞いてくれたし。お、お尻がプリプリだし……。ああああ、さ、最後のはカットしてください! お願いします!」 露出卿(DSSバトル第2試合対戦相手) 「翔は、実に見事な偉丈夫であったな。あれほどの体の持ち主は、二人とおるまい。吾輩も、堪能させてもらった。眼福であったぞ。ふむ? 誤解を生むような発言をするな? 何の話だね。 彼は、今どこで何をしているのか。露出亜の情報網にも引っかからないのだよ。ぜひ、一度露出亜に招き、今度はVR世界でなく手合わせを願いたいのだが。 彼を一言で表すならば……やはり、底抜けの善人と言う言葉が、一番合うのではないかな」 野々美つくね(DSSバトル第3試合対戦相手) 「翔さんは、すっごい強い人でした! でもそれだけじゃなくて、なんていうか、信念があるんです。強い思いが、体も強くしていて、本当に強い人はこういう人なんだなあって。少し、憧れちゃいましたね! それだけじゃなくて、すっごい優しいんですよね。あたしの迷いを察して、体当たりでぶつかってきてくれました。また、一緒に相撲取りたいな。今度は、あたしがスパンキングも覚えて、戦わないといけないですかね。 だから、なんていうか、うーん……。すごく、いい人だと思います!」 恋語ななせ(DSSバトル第4試合対戦相手) 「翔さんですか。女の敵ですよ。狭岐橋さんの気持ちに全然気づかないばかりか、行方不明になっちゃうなんて。次に姿を現したら、グーパンですよ。僕は、乙女の恋心をないがしろにする人には、容赦しないんです。 僕自身は……、そうですね。すごい人だなって思います。いろいろな面で規格外なんですけど、そこじゃなくて。信じるものがあって、それを貫きとおすことができる意思の力が、すごいなって。あんまり言いたくないけど、感謝してます。後押しを、してくれたから。 なんだかんだで、いい人だと思いますよ」 鷹岡修一郎(C3ステーション元社長) 「なんだ、面会とか言うから珍しいこともあるもんだと思ったら、翔君のことか。彼は、本当に厄介なやつだったさ。いろいろなことを思い通りにコントロールしてきた僕を、こんな目に合わせた奴なんて、他にいないよ。 今は、消息不明なんだってね。そりゃそうだよ。あんな奴、一般社会に収まるわけがない。折り合いってのがないと、この世界じゃ生きていけないよ。 でもねえ……、あんな子どもみたいな顔してケツを振ってる奴が、一人くらいいてもいいのかもしれないとは、思うんだよね。僕みたいなやつも救おうとするなんて、アホだよ。アホみたいに良いやつ。本当に少しだけだけど……憧れちゃうよね」 「全く、みんな同じようなことばっかり言って。面白い本になるか怪しいところですね」 幸田俊治は、インタビュー記事をまとめながら、クスリと笑った。 C3ステーション元社長を撃破し、DSSバトルでも特異な勝率を誇った男、尻手翔。 『スパンKING』、『尻が見た悪夢』、『AAA(トリプルエー)』……。彼の持つ数々の肩書は、今ではほとんど聞くことはない。 あの、全世界に放送されたDSSバトルにより、たった一つの肩書に統一されたから。 「どこに行っちゃったんでしょうね。“スパンキング”翔君……」 彼は今も、どこかで、スパンキングをしているのだろうか。 それを知る術は、幸田にはなかった。 * * 【“スパンキング”翔】 ドゴオオオオオン! 東欧、クロアチア。石造りの建築がおしゃれな市街を、大型バイクで疾走する一つの陰があった。 ロケット砲の掃射により、次々と爆発が起きる。それを、超人的なドライビングテクニックで躱していく、身長2メートルを超える筋骨隆々の日本人。 その後部座席には、両腕を無くした黒人があわあわと蠢いていた。 「何故だ……。中東で爆発寸前の義手をちぎり取り、素早く牛舎の外に投げ飛ばしたときと言い、てめえは何故このオレのような男を助ける。許されるならば、てめえが何のためにこんなことをしているのか、聞きたい」 「そんなの、決まってんだろ」 翔が、ひときわ大きなロケット砲を、ジャンプして躱す。その背後で、最高に大きな爆発が起こった。 宙を飛びながら、絶叫するトム・ベンジャミンに笑いかける。 「俺の尻の届く範囲だからさ」 “スパンキング”翔は、変わらない。 これまでも、これからも。 ギネスブックに載る方法を探して、世界にスパンキング(衝撃)を与え続ける。
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特定の組み合わせで支援攻撃を行うと戦闘前に特殊演出が挿入される。 戦闘場所が地上か宙間かも条件に含まれているので注意。 作品名 メンバー1 メンバー2 メンバー3 機動戦士ガンダム アムロ・レイガンダム カイ・シデンガンキャノン ハヤト・コバヤシガンタンク 機動戦士ガンダム 第08MS小隊 シロー・アマダガンダムEz8 カレン・ジョシュワ陸戦型ガンダム(ジムヘッド) テリー・サンダースJr.陸戦型ガンダム【第08MS小隊仕様】 機動戦士ガンダム外伝 THE BLUE DESTINY ユウ・カジマジム・コマンド フィリップ・ヒューズジム・コマンド サマナ・フュリスジム・コマンド 機動戦士ガンダム外伝 コロニーの落ちた地で… マスター・ピース・レイヤージム(ホワイト・ディンゴ隊仕様) レオン・リーフェイジム(ホワイト・ディンゴ隊仕様) マクシミリアン・バーガージム・キャノン(ホワイト・ディンゴ隊仕様) ジオニックフロント 機動戦士ガンダム0079 ル・ローアザクII(闇夜のフェンリル隊仕様) マット・オースティン初期型ザクI(闇夜のフェンリル隊仕様) ニッキ・ロベルトザクII(闇夜のフェンリル隊仕様) シャルロッテ・ヘープナーザクII(闇夜のフェンリル隊仕様) 機動戦士ガンダム戦記 Lost War Chronicles マット・ヒーリィ陸戦型ガンダム ラリー・ラドリー陸戦型ジム アニッシュ・ロフマン陸戦型ジム ケン・ビーダーシュタット陸戦型ゲルググ ガースキー・ジノビエフザクII 機動戦士ガンダム外伝 宇宙、閃光の果てに… フォルド・ロムフェローガンダム5号機 ルース・カッセルガンダム4号機 リリア・フローベールリック・ドムII ユイマン・カーライルリック・ドムII ギュスター・パイパーリック・ドムII 機動戦士ガンダム外伝 ミッシングリンク トラヴィス・カークランドスレイヴ・レイス フレッド・リーバーピクシー(フレッド・リーバー機) マーヴィン・ヘリオットガンキャノン重装型タイプD(マーヴィン・ヘリオット機) ダグ・シュナイドイフリート(ダグ・シュナイド機) ヴィンセント・グライスナー陸戦高機動型ザク(ヴィンセント・グライスナー機) 機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争 ハーディ・シュタイナーズゴックE ミハイル・カミンスキーハイゴッグ ガブリエル・ラミレス・ガルシアハイゴッグ 機動戦士ガンダム戦記 BATTLEFIELD RECORD U.C.0081 ユーグ・クーロジーライン・ライトアーマー シェリー・アリスンジーライン・スタンダードアーマー エリク・ブランケイフリート・ナハト アイロス・ハーデザクII砂漠仕様 機動戦士ガンダム0083スターダストメモリー ベルナルド・モンシアジム・カスタム コウ・ウラキガンダム試作1号機 チャック・キースジム・キャノンII アナベル・ガトーガンダム試作2号機 カリウス・オットーリック・ドムII 機動戦士Ζガンダム クワトロ・バジーナリック・ディアス【レッドカラー】 アポリー・ベイリック・ディアス ロベルトリック・ディアス パプテマス・シロッコジ・O レコア・ロンドパラス・アテネ サラ・ザビアロフボリノーク・サマーン ヤザン・ゲーブルハンブラビ ラムサス・ハサハンブラビ ダンゲル・クーパーハンブラビ 機動戦士ガンダムΖΖ ルー・ルカΖガンダム ビーチャ・オーレグ百式 エル・ビアンノガンダムMk-II(エゥーゴ仕様) マシュマー・セロ(強化)ザクIII改 イリア・パゾムリゲルグ キャラ・スーン(強化)ゲーマルク ニー・ギーレンガズアル ランス・ギーレンガズエル 機動戦士ガンダム逆襲のシャア クェス・パラヤヤクト・ドーガ(クェス・エア専用機) ギュネイ・ガスヤクト・ドーガ(ギュネイ・ガス専用機) 機動戦士ガンダムUC ノーム・バシリコックリゼル(隊長機) リディ・マーセナス(連邦)リゼル フル・フロンタルシナンジュ アンジェロ・ザウバーローゼン・ズール GGENERATIONシリーズ Gジェネレーションオリジナルキャラクターフェニックスガンダム Gジェネレーションオリジナルキャラクターフェニックス・ゼロ Gジェネレーションオリジナルキャラクターフェニックスガンダム Gジェネレーションオリジナルキャラクターハルファスガンダム
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SAO/S51-052 カード名:“連携攻撃”シリカ カテゴリ:キャラ 色:赤 レベル:3 コスト:2 トリガー:1 パワー:9500 ソウル:2 特徴:《アバター》・《武器》 【永】 あなたのキャラすべてが《アバター》か《ネット》なら、このカードのパワーを+1500し、このカードは次の能力を得る。『【永】 このカードのバトル中、相手は『助太刀』を手札からプレイできない。』 【自】 このカードが手札から舞台に置かれた時か「“連携攻撃”キリト」の【自】の効果で舞台に置かれた時、あなたは自分のクロックの上から1枚を、控え室に置いてよい。 ピナ! レアリティ:RR,SP 劇場版 ソードアート・オンライン -オーディナル・スケール-収録 パンプと助太刀を封じる効果、CIP回復を持つ。 劇場版で追加された「連携攻撃」セットの1枚。 助太刀封じは相手にだけ制限がかかる優秀なもの。自身のパンプ効果と噛みあっており、相手のレベル3キャラに対しても積極的に出していける。 イベントには対応していないので、ホラーは苦手や歌いたかった歌などには注意が必要。 効果が単体で完結しているので、「連携攻撃」を使わずともネオスタン内のCIP回復要員としてお呼びがかかることもあるだろう。 ・「連携攻撃」関連カード カード名 レベル/コスト スペック 色 “連携攻撃”アスナ 0/0 1500/1/0 黄 “連携攻撃”リズベット 3/2 10000/2/1 赤 “連携攻撃”シノン 3/2 9000/2/1 青 “連携攻撃”キリト 3/2 9500/2/1 青 “連携攻撃”エギル 1/0 6500/1/0 青 データ収集 ユイ 2/1 6000/1/1 青
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第1ラウンドSS・宗教施設その1 「あなた、これから大きな転機が訪れるねぇ。 失ったものを取り戻せるかもしれない、大きな大きなチャンスが。 だけど油断してはいけないよ。あんたは脆い。ヒビが入れば簡単に壊れてしまう。 特に――銀色の月には要注意だ。あれは猛毒だから、身を滅ぼすだろう。 私から言えることはこれぐらいさね。あとは……あんた次第だねぇ。 まぁ、必死になって頑張れば結果は出るからね。最後まで諦めるんじゃないよ」 ◇ ◇ ◇ すっかり肌寒くなったものだと、外に出るたび感じる季節がやってきた。 よく当たると噂の「池袋の母」を後にして、よく悩みよく考えながら帰宅する。 ――どうやら星の巡りはあまり良くないらしい。順調快勝とは行かなそうだ。 「まぁ、ね……。私みたいな弱小魔人が、いつもDSSバトルに出てるような怪物に勝てるわけないじゃない」 思わず悲観的な言葉が口に出てしまう。 確かにDSSバトルへの憧れはあった。 私の能力だったらこうやって戦う、みたいな妄想をすることもあった。 しかし、いざこうして『選ばれて』しまうと萎縮してしまう。 悲惨な目に合うのは明白だ。それと同時に、魔人として生きる『私』をあの人にアピールするチャンスでもある。 一か八か――か。 「あの、ミルカさん……ですよね?」 「……はい?」 不意に呼び止められ、マヌケな声が出てしまった。 とっさに営業モードに切り替える。 「そうよ、いかにも私がミルカ・シュガーポットだけど。どちら様?」 振り返ってみると、そこには栗毛の長髪をなびかせる美しい女性が佇んでいた。 その目には困惑の表情が浮かんでいる。長身だが童顔のせいで年下にも見えた。 「あの……突然にすみません。ここでは話づらいので、時間に余裕があればお茶でもしませんか? こちらがお支払致しますので」 なんと謙虚な女性だろうか。同じ女性として見習いたいものがある。 もちろん初対面だが、向こうは私のことを知っているようだ。これでも一応業界人なのでこういったことはよくある。 ――十分に思い巡らせてから、その誘いを快諾することにした。言われるほどガードの固い人間じゃないし、私。 「いいわよ。どこにする?」 「では……良い場所を教えてもらっているので、そこで。きっとミルカさんも気に入るはずです」 そう言って彼女がニコリと笑うと、右頬のえくぼがよく目立った。 悪い人ではない――気がした。 ◇ ◇ ◇ 「いや、でも……これはさすがに」 首都高速五号線の高架下をくぐっていくと、何故か同人誌を扱う「如何わしい一歩手前の店」が立ち並ぶエリアに踏み入ってしまった。 そんなことも気にせず、彼女は黙々と歩いて行く。 彼女自身も初見なのか、めぼしいものをキョロキョロと見回している。 思い出した。ここは――知る人ぞ知る腐女子の聖地、「乙女ロード」じゃないか。 「あなたの言う『良い場所』っていうのは、こういう趣向の店なのかしら」 「すみません、この辺りだと思うんですけど……」 否定も肯定もせず――か。 剥き出しのスマホを手元に置いて、彼女はマップ機能をぐるぐる回しながら歩いているようだった。 機械オンチなのだろうか。 「……ちょっと貸して。目的地どこよ」 「あ、すみません。もうすぐ着くはずなんですけど」 みたいなやり取りを交わしつつ、二十分ほど歩き回った末。 やっとお目当ての店に辿り着くことが出来た。 「メイド喫茶――か」 「はい、最高級のおもてなしが受けられます」 「…………」 世間知らずなんだろうな、きっと。 彼女が思っているほどこの店では落ち着けないと思う。 フリルドレスデザインのメイドさんのポスターが店の前に貼ってあって、とても痛々しい。 「他の店、私が探すわ。少なくとも今の私たちに相応しい店とは思えない」 「あ、でもこの店、日本紅茶協会から『紅茶のおいしい店』の認定を受けているそうですよ」 「う、嘘ぉ!?」 おずおずと彼女が指差した先には確かに、読んで字のごとく『紅茶のおいしい店』に選ばれた証が店頭に飾られていた。 日本紅茶協会――それは国内唯一とされる紅茶に権力のある巨大組織だ。あのロイヤルスカンジナビアモダーンも加盟している。 その審美眼は確かで、まだ若かりし頃の私は日本中を回って『紅茶のおいしい店』を訪ねて回ったものだ。 どれも一流を誇っていいほど名店ばかりなので、どうか広く知れ渡ってほしい。 何と言っても、あのロイヤルスカンジナビアモダーンが加盟している。 「うそ……東京都内には一店も無かったはずなのに……」 「最近認定されたみたいですね。老舗の店みたいなので、腕は確かだと思います」 「むむ……」 どうやら私はメイド喫茶への偏見を改める必要があるようだ――。 彼女(未だに名前を教えてくれない)を先頭に、本格的紅茶喫茶へ足を踏み入れる。 モダンな店内から醸し出される雰囲気は、まさに「最高級のおもてなし」への期待に膨らむ。 ――逆に気が引けてきた。こんな穴場があったなんて。 「おかえりなさいませ、お嬢様。メイド喫茶『スイート・ホーム』へようこそ」 「えっ、えっと……ひゃい……!」 目の前にメイドコスプレの女性が近寄ってきて、彼女はガチガチに緊張していた。 人見知りなのかなぁ。先に行かせたのが少し可哀想になってきた。 「お嬢様は何名でしょうか?」 間違っていないが、シュールな世界だ。 ◇ ◇ ◇ 「本日、お嬢様方をお世話させていただく、クレハと申します」 「これはどうもご丁寧に」 しとやかな黒髪のメイドさんに案内され、窓際の席に座った。 凛としていて氷姿玉骨とした人だ。店内のレベルの高さがここにも表れている。 「お嬢様は初めてのご帰宅でしょうか」 店なのか家なのかハッキリしてほしい。 まぁ、メイド喫茶を利用するために来たわけではないから適当に流そう。 「えぇ。一番オススメの紅茶を教えてくれるかしら?」 「はい、承知致しました」 我ながら不躾な物言いにも眉一つひそめず、営業スマイルで応じるクレハさん。 ……プロだ。 「失礼ですが、お嬢様は紅茶がお好きですか?」 「えぇ、大好きよ。『紅茶のおいしい店』を一通り訪れたぐらいにはね」 「成る程……それでは、リッジウェイは如何でしょうか。 1886年、ヴィクトリア女王からの特別注文を受けて作られた特選ブレンドティーでございます。 セイロン、アッサム、ダージリン――どれも言わずと知れた茶葉の良いとこどりをしておりますので、お嬢様のお気に召すかと」 「あなた、分かってるじゃない。それにするわ。ミルクティーで」 これだけの情報でリッジウェイを薦めてくるなんてやるじゃないか。 まさか東京の喫茶店でこれを嗜めるなんて夢にも思わなかった。 流石は『紅茶のおいしい店』だ。 「えっと、私も……同じものを」 「畏まりました。ただいまお持ちしますので、少々お待ち下さいませ」 紅茶にあまり詳しくないだろう彼女は、メニューを一瞥しただけで気を滅入らせていた。 どうやら私が紅茶好きなのを知ってここを選んでくれたようだ。何だか申し訳ない。 ◇ ◇ ◇ 「それでは、ごゆっくりお寛ぎくださいませ」 深々とおじぎをして、メイドさんが去っていく。 私達の前には淹れたてのリッジウェイが置かれていた。 香りを楽しみ、一口味見をしてから、濃醇な紅茶を喉奥で確かめる――至福だ。 経緯はどうあれ、ここまで私をもてなすということは相当の話なのだろう。 そろそろ本題を聞き出したい。彼女自身も気まずそうにしているし。 「そろそろいいでしょう。本題を聞かせて」 なおも心苦しそうにうつむく彼女。 どうやら本題を切り出すタイミングを逃したらしい。 しばらくの葛藤の後、彼女は顔を上げた。 意を決して告げた彼女の一言は、私が全く予想していなかったことだったけれど――。 「いつも兄がお世話になっています」 「…………え?」 兄、と言われて心当たりのある人物に思いを巡らせる。 ――全く分からない。誰の妹だ……? 「あ、そ、そうですよね……まずは私の名前を見せないと」 やっと自分が名乗っていないことに気付いたようだ。 名前を尋ねるときは自分からと言うが、私の名前は割れているようだし、ちょっと聞きづらかった。 彼女は上着のポケットから財布を取り出すと、一枚の紙を差し出した。 てっきり名刺だと思って受け取ったそれは――保険証だった。 「ど、どうも」 「すみません……これしか渡せるものが無くて」 嫌な重さを手のひらに感じつつ、名前を確認する。 『篠原 蓬莱』――振り仮名には「シノバラ ヨモギ」とあった。 珍しい漢字に変な読み方……はて、篠原なんて名字の知り合いが居ただろうか。 「…………」 「兄の名前は、蓮華(れんげ)です」 「――――あー!」 何ということだ、よりにもよって私に一番近しい人間じゃないか。 篠原蓮華――エフエムダンゲロスに務める、私の先輩。 さらに言えば、同じ番組でMCをしている、言ってしまえば仕事上のパートナーのような人だ。 年が近いこともあり、すっかり尻に敷いてしまっているが。 『兄』という括りで咄嗟に結びつかなかったのは、彼がおっぱい魔人(直喩)だからだろう。 外見だけは美女のそれと何ら変わりないし、グラマラスなバストを持っている。 その容姿は魔人能力で手に入れた作り物だが、中身だけは男のままという、変わった奴だ。 「いつも下の名前で呼んでいるから、気付かなかったわ。ごめんなさい」 篠原……そうそう、確かにそんな名字だった。 まさに灯台下暗し。 ちなみに、彼の能力を知らない人は彼の性別を『女』と認識するオマケがある。 つまり彼女は兄が魔人だということを知っているということだ。 「でも、蓮華に妹が居たなんて初耳だわ」 「ええ。私は……兄にとって、本当は隠しておきたい存在なんです」 「…………」 何やら重い背景がありそうだ。 あまり詮索しないでおこうか。 「だけど、久しぶりに兄から連絡があったんです」 「良かったじゃない」 「同僚がDSSバトルに出るから助けてやってくれ、って」 「――――」 私は同僚だと思われていたのか――ではなく。 今、なんて言った……? 「私が一週間後にDSSバトルに挑むのは本当だけど……どうしてそれを、あなたが?」 この情報自体はラジオでも公言しているし、蓮華にも話しているから彼女が知っていることは大したことじゃない。 問題は、どうして彼女に伝わり彼女が出張ってくるのか、ということ。 「ミルカさんは一般人とあまり変わりない魔人ですよね。能力だって戦闘向きじゃない。兄も同じです」 「あぁ……」 そうか……私が蓮華に弱音を吐いたから。 勝てるわけないって、一人は心細いって。 ちょっとした冗談のつもりだったけど、蓮華は私のことを本気で心配してくれていたのか。 「……でも貴女、あまり強そうに見えないけど」 「えぇ、私も一般人と変わりませんからね」 「…………」 何だ、大したことないじゃないか。 どんな魔人が出て来るのかと思ったら、ただの一般人とは。 きっと蓮華は気さくに話せる女性同士で息抜きしてくれ欲しいとか、それぐらいの――。 「でも、私には18のペットがそばに居ますから」 その時、冷たい風が店内を通り抜けていった。 彼女はさっきまでの頼りない表情とは打って変わって、屈託のない笑みを浮かべていた。 「上を見てください」 「え……?」 彼女に言われるまま、天井を見上げる。 そこには――黒い影を纏ったでかい蜘蛛が這いずり回っていた。 「ひっ――!?」 思わず手に取っていたティーカップを落としそうになる。 幻術か――使い魔か――そういう類の魔人能力だった。 幸い、店内で誰も気付いている様子はない。全く音を立てずにうごめいていた。 「これは一番目のペット、『SPIDER』。今から見せるのはNo.5『WARM』です」 言って、彼女の指先から影が溢れ出て、形を成していく――。 筒状の形になったそれは、モゾモゾ動きながらぬるくなった紅茶を飲み始めていた。 幻術――ではなさそうだ。 「どうですか? かわいいでしょう?」 「同意を求められても……」 正直に言えば趣味が悪いとしか思わない。 気がつくと首元にはヘビが、足元には犬が、肩には小人が――影から生まれた『ペット』がどんどん増えている。 ペットに囲まれた彼女は、とても満ち足りた表情をしていた。 「みんな、私の大切なお友達です。ボディーガードにどうですか?」 「確かに……私よりよっぽど戦闘向きかもしれないわね」 これでほんの一部だが、対戦相手を牽制するには十分すぎる恐ろしさの片鱗が見えた。 成る程、蓮華がこれを隠しておきたかった理由が伝わってくる。もしも彼女がその気になったら……。 「私は生まれつき善悪の区別が人より希薄だったみたいで、『やりすぎてしまう』ことがよくあったんです」 筒状の影が、一滴残さず紅茶を飲み干していた。 空のティーカップは茶渋一つ残らずツヤツヤしている。 暇を持て余してテーブルの上で移動を始める影。 やがてテーブルに置かれた飼い主の指に止まると、その指をしゃぶりはじめた。 ――魔人に慣れ親しんだ私から見ても、奇怪な光景だ。 「私は気が付くとひとりぼっちでした。誰でも良かったから友達が欲しかった。魔物でも良かった。 そして――私には18の友達が出来た。兄――いえ、その頃は姉でしたが――はそれを見て『怪物のようだ』と言うんです。 こんなにもかわいいのに……。私は親しみを込めて、この子たちを『怪物園(かいぶつえん)』と名付けました」 彼女が目を閉じると、そこに居た影は一瞬で姿を消した。 まるで、始めから居なかったみたいに。狐につままれたように。 もし本当に居なかったら――彼女のリッジウェイを飲み干したのは誰だろう。 ◇ ◇ ◇ 「いってらっしゃいませ、お嬢様」 レジでのお会計はメイド喫茶の雰囲気をぶち壊す最たるシロモノだった。 店として正しいのは理解しているけれど……急に現実に引き戻されたような感じがする。 年下に奢ってもらうなんて私のプライドが許さなかったのだが、彼女も譲らず、結局奢られてしまった。 どうしよう……『これがあなたの最後の食事です』とか言ってきたら。 なんて、冗談になってないことを考えながら店を後にする。 すっかり日が暮れていて、肌寒さが増している。 衝撃的なことがあってインパクトが薄まってしまったが、あの店の紅茶は確かに美味しかった。 また機会があったら訪れたい。 「――それで、能力が親がバレて、もうお前とは一緒に暮らせないって言われたんです」 「そう……なの……」 それから、彼女の身の上話に付き合った。 他人とは思えない不幸の身。私も両親と絶縁状態にある。 あの人たちに魔人の私を認めてもらうには、DSSバトルで勝ち進むしかない――。 「親代わりの義理の父と一緒に、山奥で今まで暮らしてきたんです。 その人も……不幸があって、もうこの世には居ませんが」 あの機械オンチや世間知らずも、そういった過去があるなら納得だ。 ずっと身を潜めて暮らしてきて――やっと兄から許しをもらった……のだろうか。 気が付くと、薄暗い裏通りに足を踏み入れていた。 「近道はこっちのはずなんですけど……」 頼りにならないGPSをぐるぐる回しながら、彼女は道に迷っていた。 素直に元来た道を戻ればよかったのに、なんて他人事のように思っていた、その時だ。 「よぉ、姉ちゃんたち。迷子かい? 悪いがここは俺の縄張りなんだ」 いかにもガラの悪そうな男に絡まれた。 夕暮れ刻とはいえ、まだ明るいうちから居るんだ、こういうの。しかも都会に。 「それは失礼したわね。そっちに用は無いから、迂回させてもらうわ」 蓬莱の手を引いて回れ右をしようとした――が。 反対側にも男が三人。まるで私達を追い詰めるように道を塞いでいた。 「……何のつもりかしら?」 「せっかく来たんだ。ここを通っていくといい。 ただし通行料100万円払うか、それが無理なら体で払ってもらうがな!」 まるで言っている意味が分からない。今まで出会ったことのない人種だった。 気を引かせるイメージがあれば、隙を突いて逃げ出せるかもしれない。 ――私の能力は、自分のイメージを伝播させるだけ。 それは決して弱くないが、強くもない。……私の使い方が甘いだけ、かもしれないけれど。 穏便に解決できるなら、それに越したことはない。 「へへへ……お嬢ちゃん、良い乳してるじゃねぇか。俺の血走った矛槍がビクついてるぜぇ」 「ひゃん!? や、やめてください……!」 リーダー格と思わしき男は蓬莱の肩に手を回すと、おもむろに乳房を揉みしだきはじめた。 外野の三人組が「ヒューッ!」とか「流石兄貴ィ!」などと囃し立てている。 「ちょっと! 手を出すなら私からにしなさいよ!」 「あ゛!? てめぇのどこにおっぱいがあるってんだよ!」 「うるせぇぞオバサン」「貧乳が口出しするんじゃねぇ!」「乳なき者に人権なし」 「あんた達……覚えておきなさいよ……!」 思い切り凄んで見せるが、まるで意に介する様子が見えない。 魔人補正のおかげでいつもならこんな奴ら一瞬で倒せるのだが、足が震えて上手く動けない。 ――本物の悪意に対峙するのは初めてのことだった。 「心配しなくてもよぉ、てめぇはボロボロになるまで殴ってから、みんなで輪姦してやるから安心しろって。 もう二度と口を開けなくなるぐらい身も心も犯してやるぜ! なぁお前ら!?」 「ぐへへへ」「ギヒヒヒ!」「キシャシャシャシャ」 「No.15『WHALE』……」 その時、蓬莱が小声でつぶやくのを私は聞き逃さなかった。 闇が広がり、路地裏を一瞬で黒く染めていく――影。 リーダー格の男の背後に、黒い壁が迫っていた。 ……否、これは壁なんかじゃない。大きく大きく開いた『口』だった。 「兄貴ィ……なんだか冷えてきましたよ」「それに暗い」「高くはないダス」 「お前ら一体何を言ってるんだ……?」 まるでここにある全てを喰ってしまいそうな――その影を放心しながら見ていた。 だが、次の瞬間、最悪のイメージが脳を伝う。 「みんなここから逃げなさい! 早く!」 「てめぇ、今の立場分かって――」 その言葉を言い終わる前に、男はバランスを崩して転倒した。 男の力が弱まるのを見計らって、蓬莱が渾身の力で振りほどいたのだ。 ――男は、背後に迫る影の中へと吸い込まれていった。 「う、うおおおおおおおおおお!?」 「兄貴ィ!!」「兄貴ィ!!」「兄上」 ――――グシャァ。 一際甲高い風が鳴いて、周囲は明るさを取り戻す。 呆気なく、リーダー格の男は消えていた。 「あ、兄貴ィ……?」「どこいったッス……?」「惜しい人を失くした」 3人の男は声を震わせながら、ズボンを黒く汚していた。 トドメとばかりに、私はさっきの怪物のイメージを彼らに伝える。 「「「ひいいいいいいいいい!!!」」」 無様なガニ股で水を垂らしながら、彼らは逃げていった。 ――良かった。皆殺しよりはマシになった。 それより……。 「さて、思わぬ邪魔が入りましたけど、日が暮れないうちに帰りましょうか」 まるで何もなかったかのように、彼女はスッキリした表情をしていた。 あれだけ怖いことがあったのに、怯え一つ感じられない。 彼も『怪物園』に連れて行かれたのだろうか――目の前の少女が分からなくなってきた。 ◇ ◇ ◇ 『ああ、妹に会えたんだね。それは良かった』 蓬莱がコンビニで買い物をしている間、私は意を決して兄の蓮華に電話をかけた。 電話先の蓮華は冷静で、いつものような子供っぽいトーンではない。 ……流石に今回のことは、彼自身にも複雑な葛藤があったのだろう。 さて、どこから文句を付けてやろうか。 「なんで事前に言ってくれなかったのかしら」 『ごめん。こんなに早く実行に移すとは思ってなかったんだ』 「……DSSバトルなら、私一人でも十分だったわ」 『そうだね。ミルカは強いから、誰かの助けなんて要らなかったかもしれない。 ――だけど、一人で抱え込んでしまうのは君の悪い癖だ。本当はいつでも頼って欲しいのに』 あぁ、やっぱりズルいなぁ――コイツは。 こう言えば、私が言い返せなくなることを熟知している。 電話だから尚更だ。思わず顔がニヤけてしまう。 「ところで、妹さんの性格なんだけど……」 『ああ、アレだね。特に昔から変わってないと思う。 善悪の区別が付かなくなる――本来の意味でのサイコパスってやつだ。 物を盗んだり、人を騙したり、殺したり――これは悪いことだって知っていても、理由があれば簡単に実行してしまう性質だ。 ……まさか、既に何かやらかしたのかい?』 「その、まさかよ」 蓮華に路地裏での一部始終を説明した。 彼は最低な人間だったが、殺していい正当な理由にはならない。 あまりにも一瞬の出来事だったので、怒ることも悲しむことも出来なかったが。 彼の家族を思うと、どうやって償ったらいいものか――。 『……参った。よりにもよって、最悪なことをしてくれた』 「幸い、大事にはなってないわ。部下3人は逃したから目を付けられた可能性はあるかもしれないけど」 『…………』 電話越しに彼の唸り声が聞こえる。 頭が痛いのは、私と同じで良かった。 「自首しようかとも思ったんだけど――」 『客観的に蓬莱が殺したって証拠は一つも無いからね。頭がおかしい奴で処理されるか、せいぜい能力がバレて前の生活に逆戻りだ』 そう、彼を殺したのは『怪物園』であって、蓬莱が殺しましたと自白したところで誰にも相手されないだろう。 死体一つ残らず、凶器も無い。動機もなくて、突き飛ばしたのも正当防衛の圏内。 一部始終を監視カメラで録画されていたとしても事故でお釣りが来てしまう――。 被害者たる「彼ら」に起訴されたらその時までだが、あのチンピラ共にそんな行動力があるとは思えない――。 「人を殺しても結果的に無罪になるのは、なんだか悔しいわね」 『たまたまだけどね。大事な妹を汚そうとした奴らだし、死んで自業自得なのかもしれない』 「……そう、ね。 一番の被害者も、彼女のはずなのよ――」 危ういのは罪悪感の希薄さだけではなく、感情がプラス方向に偏っている部分だ。 辛い時、怖かった時はもっと泣いていい。いつも笑っている人間は――壊れやすいから。 なんて、私が言える立場じゃないんだけど。 「それで、これからどうするつもり?」 『妹には仕送りしてあるし、ホテルで寝泊まりしても大丈夫――なんだが』 「…………」 言い出しにくいことがあるとすぐ黙る。兄妹の血は争えないな。 「分かったわ。同じ家で寝泊まりしていて欲しいとか、そういうことでしょう?」 『話が早くて助かるよ。……あまり、彼女から目を離さないでいて欲しいんだ。 見張る意味も込めて、しばらくの間、一緒に暮らしていてくれないか?』 「はぁ……DSSバトルよりも重い荷物を背負わされてしまったわ」 『申し訳ない。この恩は何倍にしてでも必ず返すよ』 そこまで感謝されると逆に怖くなってきた。 『それともう一つ……これは出来ればで構わないし、聞いてくれなくても恨まないことだ。 DSSバトルで優勝したとき、「一つだけ過去を変えられる」っていうのがあるだろ。 それを、どうか妹のために使って欲しいんだ』 「……具体的には?」 『子供の頃の俺はバカだった。友達欲しさに人の道を外れていった妹のことを「バケモノ」呼ばわりしてしまった。 それを、無かったことにしたい。素直に「お兄ちゃんが友達になる」って言えたら、妹も能力発症せず平和に暮らせたと思うんだ』 なんだそれ……馬鹿みたい。 蓬莱は今でも待っているはずだ。兄と仲良く暮らせる日を――。 魔人としてありのままの自分を認めてくれる日を――。 「蓮華は妹思いなのね」 『当たり前だ。妹のことが可愛くない兄なんて居ない』 「なら、もっと連絡してあげなさい。淋しがっていたわよ」 きっと彼女は知らなかっただろう。 自分をこんなに愛してくれる『人間』が居たことを――。 ……不器用な兄妹だ。 ◇ ◇ ◇ 『どうしても具合が悪くなったら帰らせる。それまで――よろしく頼むぞ』 「えぇ、分かったわ。しっかり面倒見てあげる」 ちょうど蓬莱がコンビニから出てきたので、通話を切り上げる。 数日分の食料や日用品を両手のレジ袋にぶら下げていた。 ――足元には影が居た。形状はよく分からないが、ヘビかワーム辺りだろう。 ずるずる這い回って、スナック棒を貪り食っていた。 「お待たせしました、ミルカさん。……うふふ、嬉しいです。ミルカさんと一緒に寝泊まりできるなんて」 蓮華と話をする前に、既に彼女とは寝所の相談を済ませていた。 彼女にホテル暮らしを強要するなんて可哀想だ。最初からそんな選択肢は用意していない。 「ところで、ちょっとレシートを見せてもらえる?」 「えぇ。いいですけど……?」 彼女からレシートを受け取り、『買った』商品の確認をする。 パン、おにぎり、歯ブラシ、下着、その他――しかし、スナック棒の表記はない。 「なら、その『ペット』が食べているそれは、ちゃんと買ったものかしら?」 「あはは、一本ぐらい良いじゃないですか。たくさんあったので一本だけです」 「…………」 確かにこれは、前途多難かもしれない。 やり場の無い悲しみと怒りを、今度はちゃんと本人にぶつけよう。 ――主に頭突きで。 「そういうところ――じゃい!」 「痛ぁ!」 その後、ちゃんとコンビニの店長に謝りに行った。 帰宅する頃には、とっくに深夜を回っていた。 これからの日々、一体どんな困難が待ち受けていることやら――。 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 『さぁ、続いては第1ラウンド第2試合の対戦者――ミルカ・シュガーポットと銀天街 飛鳥(ぎんてんがい あすか)の紹介に移りたいと思います!』 「あ、ミルカさん! ついにミルカさんがテレビに移りましたよ!」 「うん」 「見てください、すごく美人が居ます! 目立ってます! 抜群の存在感かましてますよ!」 「うん」 「ミルカさん――」 「う、うるさい……」 「あ、す、すみません……」 日が経つのは早いもので、多忙に思われた蓬莱との暮らしも一週間が経過しようとしていた。 だいぶ慣れたもので、最近は彼女の扱い方も分かってきた。 善悪の教え方も少し工夫してやれば、前のように『やらかす』ことは減るものだ。 それで、今日は試合当日だった。DSSバトルの特番が組まれ、競技者紹介が長々と行われている。 本試合の放送は、衛星チャンネルを8つ独占して完全生中継同時放送で行われるらしい。相変わらず金のかかった企画だ。 試合は毎週土曜日の22時から開始され、1ヶ月かけて集計される。 4試合で最も勝利数の多い人の優勝――ということらしい。 「それで、対戦相手の飛鳥さんは女性で、探偵をやっているみたいですね」 「うん」 「能力名は『天賦の才能(シルバードロップ)』。相手の最も得意とする分野に対して世界2位になれるみたいですよ。 他人の努力を能力で超えていこうとするなんて、嫌らしい対戦相手です。私達のコンビネーションで叩き伏せてやりましょう!」 「うん」 「――ミルカさん!」 「うるさ――」 放心気味に相槌を打っていると、後ろから抱き締められた。 シャンプーの甘い香りが漂ってくる。背中にあたる胸の柔らかさ。 ――蓬莱が頬まで寄せ合ってきた。生暖かい水が私の頬を伝って床にこぼれる。 「どうして……そんなに思い詰めてるんですか。ミルカさん……」 「べつに何でもないわよ」 「何でも無いなら――涙なんて出ませんよ」 あぁ、そうか……。 ――泣いているのは、私のほうだったんだ。 「私……未だに怖いのよ……これから殺し合いをするなんて、受け入れたくない。 誰も殺したくないし、殺されたくない。……どうして、こんな辛い目に合わなきゃいけないの?」 「ミルカさん……」 蓬莱に抱かれた姿勢のまま、思ったままの本音を口から吐き出す。 溜め込んでいた感情が一気に溢れてきた。 「どうして魔人同士で争わないといけないの!? 仲良くできるならそれに越したことは無いじゃない……! 分からない……もう嫌ぁ……!」 「…………」 蓬莱は口をつぐんだまま、黙って私の愚痴を聞き続けていた。 それがおかしくて、自分が惨めで、さらに涙が溢れて止まらなくなってくる。 テレビの音が聞こえなくなるぐらい、ずっと泣きじゃくっていた。 「よしよし……。ミルカさんは、そういう人ですもんね。兄の言うとおり。 誰よりも強くて、優しくて――本当は、とても脆くて、悩みやすい人。 そんな人だから守ってあげたくなるんです。今日は……私に任せてくださいね」 暖かくて――包まれて――人の温もりを感じるのは久しぶりで。 それから、私は気が収まるまでずっと泣き崩れていた――。 ◇◇◇ 「これ、護身用に持っていてください」 そう言って渡されたのは、シンプルなデザインの拳銃だった。 よく映画とかで見る、なんか英数字の名前のやつ。よく知らないけど。 もちろん銃刀法違反で捕まるやつだ。 「持ち込んで大丈夫かしら……全国ネットで犯罪アピールしてるようなものじゃない?」 「大丈夫ですって。試合の後に放棄すればいいんです」 「……まぁ、局長から既に一丁貰ってるんだけど」 ドレスの裾から同じぐらいの大きさの拳銃を取り出す。 デザインこそ違うが、性能は同じぐらいだろう。 「わぁ、これで2丁拳銃ですね! ミルカさん、かっこいいです!」 「2丁拳銃、素人が真似すると手首が吹っ飛ぶって聞いたんだけど」 「魔人は素人より手首も優れているので大丈夫です!」 「本当かしら……」 テンションが上がると適当なことを言い出す辺り、兄にそっくりだった。 まぁ――本当に辛い時に励ましてくれるから、とても有り難い兄妹なのだが。 今だって私より辛いかもしれないのに、こうやって気丈に振る舞ってくれている。 その時、テーブルの上に置かれていたVRカードが発光を始めた。 「な、何かしら……どうすればいいの……!?」 「ミルカさん、試合時間みたいです! とりあえず手にとってみましょう!」 「待って。まだ心の準備が……!」 「私達なら絶対大丈夫です! いざ、鎌倉――!」 盛り上げようとしているのか、変なテンションのまま蓬莱はVRカードを手に取った。 その瞬間――彼女は魂が抜けたように、プツリと動かなくなってしまった。 「蓬莱? ……もう、私を置いていかないでよ」 彼女の後を追うように私もVRカードを握る。 突然眠気が襲ってきて、急速に意識が沈んでいく――。 ◇ ◇ ◇ まるで野晒しにされているような寒気と共に再び意識は覚醒する。 一瞬、ここがバーチャルの世界だと気付かなかった。……いや、言われても納得できない。 この星の綺麗さは、月の輝きは、風の流れ、土の感触、草花の精緻さ、手足の感覚、虫の声、空気の味――。 まるで異世界に飛ばされたかのような――リアルVR体験だった。 C3ステーションの技術、すごすぎる。これに尽きた。 「あれ、蓬莱ちゃんは……」 ――はぐれてしまったようだ。 ちょっと心細い。 そういえば、ここから先はテレビカメラとかに監視されているのだろうか。 むしろ見られるのは歓迎することだし、夢にまで見たテレビ出演だ。 とはいえ、軽率な行動は慎むべきだろう。不審な動きをすれば炎上しかねない世界だ。 「ミルカ・シュガーポット、がんばります!」 まずは挨拶代わりに叫んでみた。 これを聞いた人、私を見た人には、固定イメージが伝播していく。 これが私の魔人能力――『公共伝播(こうきょうでんぱ)』だ。 しょせん子供騙しの域を出ない、弱い力。 しばらく進んでいくと、道がひらけて大きな広場に出た。 一面の砂利が敷き詰められた先には――巨大な巨大な『大仏』が鎮座している。 「本当に鎌倉きちゃったーーーー!?」 修学旅行以来の再開に、思わず歓喜の声が口から漏れた。 懐かしくなって学生時代の思い出に浸ってみたり――。 「ミルカさーん!」 なんて戦いを忘れてVR世界の素晴らしさに入り浸っている間に、蓬莱がやってきた。 人が乗れるぐらいに巨大化した黒い犬にまたがって――よく見たらメイド喫茶で見た犬と同じ造形をしていた。 「あなたの能力……けっこう何でもアリなのね」 「むしろ、この使い方が正しいんですよ」 誇らしげに『ペット』を自慢する彼女。 きっと山奥で暮らしていた頃は、犬に乗って野山を駆け回ったりしていたのだろう。 ……何だか、都会のほうが息苦しそうに思えてきた。 能力を解除して、彼女は地に足を付ける。 「――さて、対戦相手はどこでしょうか」 「どうやら即時決戦とは行かないみたいね」 特番の情報だが、施設の周辺近くなら、どこに潜んでも、どこから奇襲をかけても良いらしい。 ……いや、彼女はずっとそこに居た。 逃げも隠れもせず、私達を見下ろしていた。 よりにもよって、大仏の一番上から、彼女は私達をじっと見ていた。 「諸君、『悟り』を開いたことはあるかね」 かと思えば、突然語りはじめる。拡声器から割れ気味の大声がここまで響いてきた。 かなり自己主張の強い人物のようだ。なんだか逆に好感が持てる。 「石の上にも三年とも言う。人間、50年考えれば必ず悟りが開けるらしい! ――だが! 諸君、よく考えてほしい。貴重な50年を悟りに費やしてしまうのか!? 50年後、我々を待っているのは悟りではなく、ただの痴呆だ! 阿弥陀如来!」 「…………」 よくやるなぁ。 仏教のシンボルとも言える大仏様の上で仏教批判のパフォーマンス。 しゃべるだけしゃべって満足したらしい彼女は、拡声器をそっと下ろした。 次の瞬間――。 「ごきげんよう、レディ達。ずっと来ないんじゃないかと思って心配してた!」 目にも留まらぬ速さで彼女が降りてきた。 咄嗟に間合いを詰められ、応戦体勢を取る暇も無く――。 「あぁ、待つんだ。早計は良くない。私が君たちを傷つける理由は無いし、まずは挨拶から始めたい主義なんだ。 ――私は銀天街飛鳥! 世界2位の探偵さ! キュピーン!」 「ダサいですね」 わざわざ自前の効果音まで付けて名乗った口上を、蓬莱はバッサリ。 それと同時に、飛鳥の周りに影を配置する姿勢を私は見逃さない。 なるほど――一度包囲してしまえばこっちのものだ。 「ここにおわすのは、世界1位のエンターテイナー、ミルカ・シュガーポット様でございます!」 「よ、蓬莱……? 急に何を言い出すのよ」 「ふむふむ……世界1位のエンターテイナーとは大きく出たな小娘」 何やら私の知らないところで話が進んでるようだ。 なんだか蓬莱と飛鳥、策士っぽいというかどこか似通ったところがあるのかもしれない。 「私も演出には自信があってね。さしづめ、世界2位のエンターテイナーってところかな」 「ふん。ミルカさんの足元にも及びませんよ」 「では、君たちを倒して――私が世界1位になるとしよう!」 そう言って、飛鳥は後ろに背負っていた鞘から日本刀を引き抜いた。 ――開戦の合図だ。 周囲に展開されていた『ペット』たちが形を成していく。 「――No.6『UNDEAD』」 やがて、人型をした影の兵士たちが飛鳥を取り囲んだ。 よく見ると彼らは銃のようなものを担いでいる。 ――ガシャリ。その銃身が中心を向いた。 「先日、プロのスタンドマンとお知り合いになることが出来たんだ。 なのでせっかくだから、今日は世界2位の剣さばきをお披露目しようじゃないか!」 ――バババババ。 鉄砲が一斉に火を吹く。 しかし飛鳥は、その全てを一振りで撃ち落とした。 次いで、鮮やかな跳躍から、反撃が始まる――。 「ミルカさん、一旦戦線離脱です!」 「え、えぇ!?」 さっきよりも巨大になった犬が私達の前に姿を見せていた。 どうやら今度は2人乗りに変身したようだ。一体この犬はどこまで大きくなれるんだろう。 「さぁ、私のペットに乗って。すぐ発進しますよ!」 「もう――どうにでもなーれ!」 半ばヤケっぱちで影の乗り物に腰を落とす私。そして蓬莱も後ろに付いた。 2人分の体重にも動じることなく、ハァハァと喘ぎながら犬は急発進する――。 ◇ ◇ ◇ 影に乗って移動する、という体験は生まれて初めてのことだった。 乗り心地は悪くない。馬車のように快適だ。 「――No.15『WHALE』」 それは私にとって忘れられない響き――彼を消し去った『ペット』の名前だった。 VR空間だから特に問題はないはずだが、気になって後ろを振り向いてしまう。 遠ざかる広間の上空に、まるでミサイルの如く落下していく巨大な影があった。 「あれが全長……!」 間近で見たときは、まるで壁のようとしか思わなかった影。 その正体は――おそらく、クジラをモチーフにしている。 ――ゴォォォォォォォ。 影の兵士も飛鳥も飲み込みながら、クジラサイズの影が接地した。 大きな地響きと共に、水しぶきが――否、影のしぶきが大きな津波を起こした。 ――それは圧巻の光景だった。 「やったの!?」 「ミルカさん、それ、負けフラグ……!」 「無駄無駄無駄ァ!」 波が引くよりも早く、弾丸のように迫ってくる人影があった。 それは確認するまでもなく、高速移動して接近してくる飛鳥だ。 「世界2位の俊敏性を持つ私に、そんな子供騙しの攻撃は通用しません――ねっ! 今度は私のターンです! バリツ!」 両者一歩も譲らないカーチェイス……いや、馬乗戦と言ったほうが幾分適切か。 速度はそのままに、飛鳥は何やら気を溜めはじめた。 「あ、あれはまさか……かつてシャーロック・ホームズも習得していたという光属性魔法、バリツですか!?」 「知っているの蓬莱!?」 その時、光の球が頬をかすめた――。 高速で放たれる光の銃弾――なるほど、これがバリツ。 この使い勝手の良さは、シャーロック・ホームズが愛用していたのも頷ける。 「バリツ! バリツ! バリツゥ!」 連続で放たれる光の弾幕たち。 私達を乗せた影はそれを巧みに躱しながら地を駆け回っていく。 やがて、本堂が見えてきた。 「あそこに突入しましょう!」 蓬莱の一声で、影はそこへとツッコむ。 すぐに飛鳥が追いかけてきた。 「バリツバリツバリツバリツバリツゥ!!」 暗い本殿の中で光魔法はよく見える。 フィールドは狭くなったがむしろ回避は容易になったと言えよう。 もっとも、自動回避みたいなものだが。 影の通り道に幾つもの光魔法が炸裂して、仏像が吹き飛んでいく。 ……ちょっと仏教が可哀想になってきた。 「バリツバリツバリツバリ――あれぇ?」 追いかけっこに終止符を打つときがきた。 連続で魔法を放つあまり、決して避けられない状態――えむぴー切れだ。 「今だ、突撃ぃ!」 「――なぁんちゃって」 だが、相手のほうが一枚上手だった。 MP切れを装えばこちらが近づくことに気付いたのだろう。 ハメられたと思ったときには時既に遅く、影は急に止まれない。 「メガバリツゥ!」 「――No.12『SHELTER』ッ!」 視界を闇が覆い、光が弾けた――。 けたたましい爆音で耳が痛くなる。 ◇ ◇ ◇ 気が付くと、私達は再び大仏の前に立っていた。 試合開始からどれぐらいの時間が経っているのだろう……。 「これは一体……」 「SHELTERを使って、安全な場所まで避難してきました」 「……ほんと、何でも出来るわね。あなたのペットたち」 「えへへ」 そして飛鳥はと言うと――やはり、大仏の上に立っていた。 拡声器を口元に当てている。何かを語りだす予感がした。 「諸君、『多勢に無勢』という言葉の本当の意味を知っているか! 『多勢』が有利? 『無勢』――それとも少人数が有利? あぁ、どちらでもない。 相手が多勢なら、一切の手段を選ばなくていい――そういうことだ! 南無三!」 「少人数だと勝ち目が無いって意味ですけどね。本来は」 律儀にツッコミを欠かさない蓬莱。 何だか彼女の演説がただの茶番になってきた。 「減らず口もそこまでだ、今にお前は無様な姿で変死体と化すだろう! 散々私をバカにしてくれたな! 念仏を唱えたまえ!」 あ、この人なんだかんだ仏教に詳しいわ。 ――ではなく。 「変死体……? 質の悪い冗談ね。一体何の根拠があって――」 「うっぷ……あれ、ミルルルルルカカカカさささささんんんんん???」 「よ、蓬莱!?」 「やだ、気分が悪くなって、ごぶっ、オロロロロ、あああああああ!?」 その一言を最期に、蓬莱は地面をのたうち回り――動かなくなる。 多量の血液を吐き出して、息絶えた――。 「蓬莱ぃーーーーーー!?」 「おおっと、友達が動かなくなってしまったぁ! これはミルカ選手、大ピンチです! ここで素敵なゲストを紹介するぞ! 飛鳥選手を陰から支えてきた用心棒、外道 太郎(げどう たろう)選手の登場だぁーーーー!!」 「そ、そんな……蓬莱……! ねぇ、嘘でしょう……!?」 「ちょっとー! 私の演説聞いてくれないかなー!」 まさに変死体と化してしまった蓬莱にショックを抑えきれない。 ……だが、私だけでも勝たなければ。彼女の仇を取るために――! 「くくく……よぉ、姉ちゃん。お友達の死因、気にならないか? 気になるよなぁ? そう、彼女は俺様の魔人能力『生殺掌握』によってジ・エンド! 俺様は一度触れた相手の血流を自在にコントロールできるのさ! もちろん血の流れを逆にしてやったぜ! そうすれば人体なんて――どっかーん! 即死でーす!」 「そんな……あんまりだわ……」 いくらVRの世界だからといって、やっていいことと悪いことがある。 もっと丁寧に命を奪うことだって出来ただろうに……。 「でもあなた、いつの間に蓬莱に接触したの……?」 おそるおそる聞いてみる。 彼――外道太郎はニタァと笑って答えた。 「ずっと前さ――。言っただろう? 通行料100万円払うか。無理なら体で払ってもらうぜ、ってな」 「…………!!」 そうだ、この身なり、口ぶり、どこかで見たことあると思ったら。 でも――彼は。 「影に呑まれて、確かに死んだはず――!」 「おいおい、勝手に殺してくれるなよ。俺様が死んだ証拠はあるのかい?」 「で、でも……あの時確かに……」 蓬莱に突き飛ばされ、助かる暇もなく――。 「いいえ、一つだけ助かる手段がありましたよ」 「――世界2位の瞬間移動、とか?」 「いえーす! ミルカ選手、ナイスな推理です! 5ポイント!」 正解してしまった。全く嬉しくない。 だが……彼が生存していることだけは、喜ばしいことだ。 でも、蓬莱がこんな死に方をするぐらいなら……こんな奴なんて……。 「さて、あとは彼があなたに触ればゲーム・セットです。 あるいは、降参してくれますか? 苦しい思いをするよりはマシでしょう」 「誰が降参なんて……!」 「へへへ……まさか2対1に勝てると思っているのか?」 ジリジリと追い詰められていく――。 その時、蓬莱の体がかすかに動いた。 「…………No.17『SILVER』」 蓬莱の体が影で覆われる――否、四方八方に影を撒き散らしていた。 見たこと無い、大量の闇……。あっという間に戦場を埋め尽くし、巨大蜘蛛や巨大ワームが姿を現していた。 今までとは比べ物にならない巨躯の犬、影に覆われた巨人――最後の力を振り絞った、蓬莱の最終兵器だった。 「チッ……死んでもなお、厄介な能力者だぜ!」 「あと一歩だったけれど、まずは影討伐を優先しないといけないみたいだね」 外道太郎はバズーカ砲を担ぎ、飛鳥は日本刀を抜刀すると、それぞれ真逆の方角の影を退治しに向かった。 ……良かった。何とか命拾いしたようだ。 今のうちに蓬莱の気道確保を――。 「キ、シャアァァァァ」 「えっ――?」 目の前に、巨大な犬が牙を剥いていた。 私を守ろうとしている――わけではなく、今にも襲いかかってきそうな――。 「キシャアアアア!」 「いやああああ!!」 ど、どうして……!? 私はここで拳銃を持っていることを思い出し、咄嗟に構えた。 トリガーに指をかける。……なんて重い引き金だろう。蓬莱のペットを撃つなんて、……できない。 「うおりゃー!」 その時、私の方角めがけてロケットランチャーが飛んできた。 それは私を狙ったものではなく、影を狙ったものらしい――。 ――ドォォォン! 命中。影は木っ端微塵に吹き飛んだ。 「た、助かったわ……」 「おい姉ちゃん、一時休戦だ。なんかしらねぇがバケモノは見境なく暴れまわっているらしい。お前も狙われてるぜ」 バズーカ砲を背負った外道太郎がそんなことを言う。 ――確かに、これは異変だった。 まさか……主人を失ったことでペットたちが錯乱している……? ――グォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!! 地面すら震わせる雄叫びを上げる巨大ゴーレム。 外道太郎は一瞬のためらいも無く、バズーカ砲をぶちかました。 ――ドォォォン! 命中。しかしまるで利いていない。 「畜生! あんな対話のできねぇバケモノ、どうやって相手にすればいいんだってんだ!」 「諦めるのはまだ早いぞ! ボンノースイッチ・オン!」 周囲がまばゆい光に包まれる。 バリツによる発光――いや、それはただの演出だ。 大仏が激しく光っている。そして――鎌倉大仏が、立ち上がった。 「はーっはっはっは! 私の推理どおりだ! この大仏にはカラクリの仕掛けが施されていた! 万が一の事態に備えてこんなものを用意するなんて、C3ステーションも馬鹿にできないなー!」 なるほどこれは、最初にゲットしたものが勝利を収める、一発逆転アイテムというやつらしい。 いつも胡座を掻いている大仏様が立ち上がった姿は、まるで巨大ロボのよう――。 「巨大ゴーレム、相手にとって不足なし! いざ尋常に勝負しろ――!」 操縦席のスピーカーからノリノリな飛鳥の声が響いてくる。 そしてしなやかな伸びから――大仏様の右ストレートが炸裂するッ! ――ドォォォオオオオオオオオオン!! 「うひょー」 激しい衝撃波に晒される。私と外道太郎はただのギャラリーに成り下がっていた。 その後も大仏様と巨大ゴーレムは、殴るわ蹴るわの大味なバトルを繰り広げていた。 「ド迫力だなぁ。こういうの見ると、もう勝敗とかどうでも良くなるよな」 「えぇ……まぁ、少し分かりますわ」 絶妙に巻き込まれない位置を外道太郎が教えてくれたため、襲おうに襲えない。 ……こういうところが、私の『お人好し』なんだろうな。 「ところで……ゲホッゲホッ……少し……息苦しくないか?」 「そうかしら? 私はあまり変化を感じないけれど……?」 突然具合が悪そうにする外道太郎。 その時、巨大ゴーレムが背後に倒れ、一際強い地響きをさせながら消滅していった。 ――ズドォオオオオオオオオオオオン!! 「おっしゃ、ゲームクリアだ!」 「…………」 本当にゲームクリアしたいなら、私を倒す必要があるんだけど。 彼は本当は憎めない奴なのか。なんだか可愛くなってきた。 「あーっはっはっはっは! さすがファイナルウェポンは火力が違う! この調子で勝負にも勝つぞー! ――ってああ!? 誰だ、こんなところに自爆スイッチを付けた設計者はー! うわあああああん、撤退!!」 ―――――ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!! ◇ ◇ ◇ 大仏様の大爆発によって地形は滅茶苦茶になっていた。 木々は倒れ、草花も燃え尽き、建物はもちろん全壊。 ――その混乱に乗じて、私は再び蓬莱の死体に近寄った。 最後に残った1匹のペットが蓬莱に寄り添っている。 犬型の影だ。最初に見たときと同じサイズまで縮んでいるが。 私が近づくと、彼は思い切り威嚇をはじめた。 「キシャアアア!」 「…………大丈夫。私はあなたの敵じゃない」 影にイメージが伝わるか分からないが、蓬莱のイメージを影に伝播させる。 彼女の笑ったところ、怒ったところ、泣いているところ、少し怖いところ。 いつも優しくて、どんなことにも前向きで、『やりすぎ』ても全然反省しない――それがいいところかどうかは分からないが――そういう全部。 ここ数日過ごして、私は彼女の色んな一面を見てきた。 だから――もう敵じゃない。何も疑ってない。……家族なんだよ。 「キシャ……ァ」 「ありがとう……」 どうやら分かってくれたみたいだ。 影は弱々しく鳴くと、私のそばに寄り添ってきた。 ――例の足音が近づいてくる。 「世界1位のエンターテイナー、君もなかなか往生際が悪いね」 「その言葉、そっくりそのままお返ししますわ。世界2位さん」 「へへっ……今度こそ決着を付けさせてもらうぜ。ゲホッゲホッ」 大仏様の爆発に巻き込まれてくれたらラッキーだったのだが、この戦いはそう甘く無いようだ。 ……外道太郎の体調がさっきよりも悪化しているような。 「ところでよぉ……ゴホッ……この息苦しさの原因、なんですかねぇ……ゲホッゲホッ、ゴホッ」 お腹に手を当て――ついに倒れ込んだ。 まるで誘発されるように、私まで気分が悪くなってきた。 「おやおや、世界1位のエンターテイナーともあろう貴女がぐにゃぐにゃ歪んでいますよぉ?」 「い、意味がわからない……けれど、確かに異常な気がするわね。世界2位さん」 「キシャ……」 影が何かを訴えかけている。――上? 上を見ろって……? そこには綺麗な銀色な満月が、輝いていた。 「銀色の月――そうか、SILVERって、あれが影なのね。なんて綺麗なの……」 「嘘だろ……ゲホッゲホッ……まだ一体残ってやがった。しかも月だと……そんなの倒せるわけ……ゴホッ」 「どうやらあの月が私達をおかしくさせているようだね……くそー……」 「すいません、俺様、器官が弱くて……もう限界みたい……です…………」 《外道太郎 LOST》 電子メッセージと共に、彼の死体が跡形もなく消滅する。 外道太郎……まぁまぁ良いやつだったわ。 さて、あとは私と彼女の我慢比べになってしまったわけだけど……。 「ふふふー……ミルカ選手は3つに分かれ、私は1つ……真実も1つ……」 向こうは思考こそ完全に毒されているが、口ぶりからして余裕そうだ。 対する私は……もうそろそろ、限界だった。 あぁ――ここまでなのか――。 ここまで来て――負けるのか――。 あと――少しだったのに――。 ◇ ◇ ◇ 「んむっ……じゅる……じゅ……あむっ……んっ……れろ……」 「――んんっ!? ゲホッ、ゲホッ!」 失いかけていた意識を、何者かによって戻された。 それが『誰』かを確認する前に、口の中に舌をねじ込まれた――。 「んんっ……はむ……れろ……じゅる……はぅ……」 「んん~~~~~~~!!」 やっていることは人工呼吸だが、ディープキスとも呼べる横暴だった。 せめて、誰にされているのかだけ、気になる――ッ! 「――ゲホッ、ちょ、ちょっと!」 「あ、ミルカさん。おはようございます」 「よ、蓬莱……!?」 キスの相手は死んだはずの蓬莱だった――。 どうして……まさか、もうここはVR空間じゃない……? そっか――私、負けたんだ――。 悔しいな――勝ちたかったな――。 「おーおー、見せつけちゃってぇ。若いっていいですなー」 ――違う。この声は銀天街飛鳥、DSSバトルの対戦相手。 世界2位の探偵を名乗る女性――もう間違えるはずがない。 そうだ、私達は銀色の月の毒に冒されて、どちらが先に息絶えるかの我慢比べをしていたはずだ。 じゃあ――まだ、試合は継続している! 「外道太郎が死んだ途端、何事も無かったかのように復活したんだ。 ……私の推理が一歩及ばなかったね。まさか彼女が不死者だったとは」 「そういうことです。理解できましたか?」 ――待って。正直よく分かってない。 あ、酸素が……酸欠で……また意識が……。 「んんっ……れろれろ……じゅるっ……はむはむ……ミルカさんの唾液、おいしっ」 「ゲホッゲホッ。いや、酸素は欲しいけどディープキスする必要ある!?」 「ああ、ミルカさん、そんなに叫んだらまた酸素が……はむはむ……んんっ……」 くそっ……抵抗できないのがもどかしい。 いくら女同士とはいえ、いや逆に女同士であっても、公共の場でキスするなんて想像を絶する辱めだった。 あの人たちが見ているかもしれないのに……あぁパパ、ママ、私にそういう気は無いんです。信じてください。 「ちゅっ……ちゅぱ……ぢゅる……」 「ええい、しつこいわ!」 要するに、蓬莱は血液が逆流して『動けなく』なっていたが、『死ぬ』ことは無かったということだろう。 だから外道太郎を殺すことで能力が解除され、彼女は活動を再開できた。 ――その前に私が死んだら元も子もない作戦を、よく実行したものだ。 まさに一か八か、である。 「ふふ……よもぎちゃんが生き返ってハッピーエンドムードなところ悪いけど、私の能力をお忘れではないかい? 『天賦の銀才』――対象が最も得意とする分野・才能を1つだけコピーして、世界2位の水準まで引き上げる能力さ。 つまり、よもぎちゃんの一番得意な『生存すること』でも私は世界2位なんだ。そう簡単に死なないさ」 そうだ、彼女は世界2位の才能を持っている。 つまり――彼女が世界2位の生存力を手に入れた時点で、この我慢比べが簡単に終わらなくなるということ。 そして、私の意識が尽きれば……その時点で敗退が決まってしまう。 「この勝負、私が――」 「それは無理ですよ。飛鳥さん。――あなたは重大な思い違いをしている」 まるで探偵の真似事でもするように、彼女は冷淡に言い放つ。 「私が一番得意なのは『お友達を愛すること』ですから」 《銀天街飛鳥 LOST》 《ミルカ・シュガーポット&篠原蓬莱 WIN》